「うわっ!!」
僕を含め数人が声を上げた。皆がウミガメを注視する中、圭子さんは興奮しながら社長の腕にしがみついていた。
「ねぇ!凱亜は⁉凱亜はどこなの⁉」
ハッとして皆が周囲を見渡した。凱亜くんの姿が見えない。するとウミガメから悲鳴のような声が鳴り響いた。臆病な僕は体をすくめて怯えていたけれど、強気な社長は負けずにウミガメを怒鳴った。
「うるせぇ!!ぶっ殺すぞ!」
「すでに一人殺しているではありませんか」
「......は?」
間抜けな声を出す社長。ひぃ、と小さな圭子さんの悲鳴が聞こえ、社員たちは息をのんでいた。ウミガメが突然人間の言葉を話し始めたのだった。
「な、なんだコイツ……そうか!スピーカーじゃねぇのか⁉おい!旅館の誰かの仕業だろ⁉でてこいや!!」
社長が怒鳴りながらウミガメに近づき、思いっきり足蹴りをしようとした瞬間、ウミガメの首が俊敏に動き、社長の蹴ろうとしていた足に噛みついた。
「ぎゃあああ!!」
社長の悲鳴が宴会会場に轟く。ウミガメは社長の右足、膝の下までを噛みちぎってしまった。大量の血が床に流れ出す。社長がウミガメの近くに倒れこんで、そして全員が気が付いた。ウミガメの傍にいたゾンビのような人物も、頭から大量の血を流していることを。
「この島の秘宝、『玉手箱』を勝手に開けるなんて、躾のなっていないお子様ですこと」
ウミガメは不味そうに噛みちぎった社長の足を飲み込むと、上品な口調で話を続けた。こんなのただのスピーカーなわけがない。そして『玉手箱』?......まさか、そんな......おとぎ話の「浦島太郎」で、浦島太郎が竜宮城でもらった玉手箱を開けて一気におじいちゃんになってしまったという、玉手箱のことなのだろうか。しかしそうしたら、それならまさか......今、そこで頭から血を流し横たわっているゾンビのようなお爺さんは――
「が、がが凱、亜?」
圭子さんが唇を震わせながら全員がたどり着いた結論を口にしていた。言葉にしたことで一気に全員に実感が湧いてしまった。凱亜くんと言われると違和感があるけれど、よく見るとゾンビのようなお爺さんの顔は、社長をずっと老けさせたような顔をしていたのだった。社長の血縁者だと言われると、しっくりくる顔をしていた。
「う、嘘よ......そんな、そんな訳ないでしょ⁉」
「あ、で......でも、あ、あそこに......」
身長が高く刺青をそこら中に入れていて、いつもは立っているだけでも圧を感じる大崎さんが、か細い声を出しながら、今は圭子さんが知りたくなかったことを指摘してしまった。大崎さんが指さす場所には、無残に転がる玉手箱のフタの近くに不自然な破れ方をした凱亜くんの服が落ちていたのだった。
「体が急激に成長して服が弾け飛んだのだろうな」
「いやぁああああ!!」
ウミガメが頷きながら冷静に解説をし始めた。圭子さんはもう何度も取り乱したせいで髪も化粧もぐちゃぐちゃになっていた。社長の足を駿河さんが着ていた服で必死に止血しようとしていたけれど、社長は意識が遠くなっているようだった。
「お前、ふざけるな......何が目的だ」
随分と弱弱しくなった声で、社長はウミガメに問いかけた。僕らは旅館の女将さんに案内された宴会会場でただ食事をしていただけだった。勝手にとはいえ事前に注意を受けていたわけでもないのに、7歳の凱亜くんがいたずらで玉手箱を開けたことに対して惨い仕打ちじゃないかと思いかけて、でもすぐにとあることを思い出した。
「……虐めたから?」
「ご名答。仲間がひどい目に会いましたので、復讐をさせていただきます」
「そんなのそこのクソガキが悪いんじゃねぇか!!俺らは関係ないだろ⁉」
沢井さんが叫んだ。いつも社長と駿河さんのご機嫌を伺うから、真っ先に前に出て発言するような男ではなかったのに。よほど切羽詰まっているようだった。長谷川さんはこっそりとこの場から逃げ出そうとしたけれど、扉はびくとも動かなかった。
「なんで出られないんだよ!」
「カメの呪いを舐めてはいけませんよ。人間。関係ないと言っても、あなたたちがお上品な人間にも思えまい......ただ、そこの彼は助けようとしてくれました。彼に免じて、最後にあなたたちに挽回の機会を与えましょう」
「え?僕?......うわっ!」
突然ウミガメと目が合って戸惑っていたら、途端にウミガメは不快で大きな鳴き声を上げ始めた。つんざくような声が耳に届き、思わず手で耳を塞ぐ。ウミガメの目から涙がこぼれるのと同時に、ウミガメから何か落ちる音がした。
「これらはあなたがたにとってかけがえのないモノです......壊さずに海に帰した者だけ救ってあげましょう」
ウミガメが足を動かすと足元からタマゴが8個、転がってきた。意思を持っているかのように、それぞれの元へと転がっていく。手のひらサイズのタマゴを僕はウミガメに言われた通り壊さないように大事に拾おうとした瞬間、バリッっと物が壊れる不快な音がした。社長が残っていた足で転がってきたタマゴを割ったのだった。
「いいかげんに――」
顔を真っ赤にした社長が怒鳴る途中で顔が醜く歪み、口から血を噴水のように吹き出しながら倒れた。傍にいた駿河さんと圭子さんが思わず飛び退く。すぐに社長はピクリとも動かなくなってしまった。
「かけがえのないモノだと言ったのに……」
ウミガメは残念そうに首を振り、そして白い煙に包まれ消えていった。騒然とする宴会会場。そして全員が理解した。今目の前に転がっているタマゴは、己の命なのだと。
「みんな落ち着け!!まずはそれぞれタマゴを持とう......」
社長が亡くなり最年長となった駿河さんはリーダーシップを取るように、その場にいた全員に指示をした。全員が怯えや恐怖、緊張を纏いながら恐る恐る傍に転がるタマゴを手に取った。