――「か、可哀想ですよ!!」

 勇気を振り絞り立ち上がって、ウミガメの甲羅を蹴る凱亜くんに近づき声をかけた。情けないことに子ども相手に声が震えてしまっている。それでも声をかけたのは、これ以上彼らの共犯者にはなりたくなかったのかもしれない。

「ねぇパパだれコイツ」
「あん?誰だっけなぁ?使えねぇ奴の名前はすぐに出てこねぇなぁ」
「使えねぇ奴さん。僕は遊んであげているだけだよ?じゃあ代わりにお兄ちゃんで遊べばいい?」
「え、あぁ、はい……」
「おーそうだな、あぁそうだ、上野だったな。凱亜と遊んでやってくれよ」

 凱亜くんは僕の声の震えが分かって余裕そうな態度をしていた。親子そろってニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。僕はウミガメをいじめるのが終わるならと二人のお願いを了承した。

「い、痛いよ凱亜くん......」
「パパが言ってたよ。じゃくにくきょーしょく?って。弱い奴が悪いんだって。だからお前が悪いんだよ」
「難しい言葉をよく覚えているなぁ。さすが俺の息子だ」

 凱亜くんは僕に向かって蹴りを入れた。7歳だからそれなりに力が強くて普通に痛い。しかし7歳だからこそやり返す訳にもいかなかった。僕が痛がるのをこの親子は変わらず嫌な笑みを浮かべて楽しんでいるようだった。
 どうして僕が勤め先の社長である品川社長とその息子、凱亜くんと一緒に海にいるのかというと、勤続して一年目の夏。会社の社員旅行に連れ出されていた。参加したのは半ば強制的に参加させられただけだ。詐欺グループのような会社のくせに社員旅行なんてするのかと意外に思っていたけれど、この旅行は親睦を深めるためではなくて共犯者としての結束を強めるためなのだろうと思う。

「しかし当たりだな!静かで誰もいやしない」

 社長だけが奥さんと息子さんを連れて旅行に来ていた。社員含め9人での旅行。行き先は「浦々島」という初めて名前を聞く島で、日本の南にある孤島だった。島にある唯一の旅館「竜宮館」は貸し切りで、プライベートビーチのように団体客が利用することがあるらしい。

「パパぁ、コイツと遊ぶのつまんない。もう帰ろ?」
「おう、天気も荒れそうだ」

 しばらく僕に暴力を振るい続けていた凱亜くんが飽きたために旅館に戻ることになった。安堵しながら蹴られたところをに付いた砂を払いつつ、少し離れて二人の後をついて行った。風がいつの間にか強く吹き出していた。ふと先ほどのウミガメのことが気になって振り返ると、既にウミガメはいなくなっていた。