「お、凱亜!こっちにでっかいカメがいるぞ!」
「ホントだ!おい、こんなところで何してんだよ!!」
夏。とある南の島の海にて。海に似合わない色白の僕はビーチパラソルの下でさらに肌の白さを際立たせていた。存在を消すように縮こまり体育座りをして、何事もなくこの社員旅行が終わることを祈りながら過ごしていたというのに、聞こえてきたのは勤め先の社長とその息子で7歳のクソガキ、凱亜くんの不穏なやり取りの声だった。砂浜でウミガメを見るなんて珍しいなと思い声のする方を見てみると、凱亜くんがウミガメに向かって喚き散らしていた。
「死んでんのか⁉お、目ぇ開いた!おい、動けよ!つまんねぇな!!」
凱亜くんがウミガメの甲羅を蹴り始めたので心がザワついていた。止めに行かないといけないと思って少しだけ縮こまっていた体を動かすけれど、息子である凱亜くんに同調するようにウミガメにきつく当たる社長の姿を見て僕の体はその場で固まってしまった。視線の先で虐げられるウミガメの姿が普段の自分の姿と重なって見えてしまったのだった。
――「茶くらい言われる前に入れろよ!!」
「す、すみません」
「すすす、すみませんじゃねぇよ。謝罪くらいスッと言えや!無能がよぉ!」
「すみません……」
僕が働いているのはとある水道会社だった。ハピネスアクア水道会社。ほら、一度くらいは目にしたことがあると思うけど、勝手にポストに投函されている「水道トラブルお任せあれ!」的な文言と、安心安全低価格をうたっている名刺サイズのマグネットシートがあるでしょ。あれを勝手に投函しているのが僕の仕事なんだ。後は今まさにオドオドする僕の言い方をマネた後にキレ散らかしている品川社長を始め、全社員さんたちの雑用が僕のこの会社での役割だった。社員と言っても社長と僕を含めて7人の男性しかいないけど。
ハピネスアクア水道会社はいわゆるぼったくりを生業とする会社だった。お客様からの相談を受けて現場に向かい、知識がない人を騙して交換のいらない部品を勝手に交換して修理代を跳ね上げたり、すぐに治る故障も時間をかけて延長代だと言って代金に上乗せしたり。僕とネットの広告担当の長谷川さん以外は出張修理担当の4人の社員しかいない。しかもこの4人の社員はもれなくガタイの良い強面だった。作業着を着たヤクザみたいな面をした男が支払いを迫るのだ。お客さんは疑問を持った顔を見せることがあっても黙って代金を支払ってくれるらしい。お客さんたちは怖い思いをしても「これは勉強代なんだ、仕方のないことなんだ」と思ってしまうのか、事を大きくされることはなかったようだ。出張修理ということで自宅がバレてしまっているために報復を恐れるのもきっと理由の一つなのだと思う。本当に何をするか分からない見た目をしているのだ。きっと見た目で採用されたところもあるのだと思うくらいには。
「休憩行ってきます......」
「休むほど疲れてんのかねぇ?」
社長の長い長い説教を終え、先輩社員の嫌味を受けながら逃げるように会社を出た。背後から聞こえた僕をあざ笑う声は聞こえないフリをした。なるべく遠くにある、社員さんが来ないであろう小さな定食屋に行って静かにお昼を食べるのが僕の習慣になっていた。
「はぁ……」
一人の時間は隙があればため息を吐くようになっていた。どうしてあんな水道会社で働いているのかと言ったら、僕が社長の言う通り無能だから仕方がない。
大学時代に就職活動に苦戦した。数えることもなくなる程の会社からお祈りメールをもらったあたりで心が壊れかけ、僕はこの社会に必要がない人間なんだって思い始めていた。そんな無能な僕を受け入れてくれたのがハピネスアクア水道会社だった。周りの就活生はほとんど就活を終え、社会人になる前の最後の長期休暇の予定に浮足立っていた頃。僕が就活を諦めてフリーターにでもなろうかと思っていた時だった。比較的近所で高収入のバイトの広告をSNSで見かけたのだった。
最初は優しく接してくれていたし、周りの新卒に比べても十分なくらいのお給料を貰っていた。しかしすぐに彼らの“やり口”に気づき、ここにいてはいけないと頭で分かっていたのに僕は働き続けていた。何故かと言われたら十分なお給料を受け取ってしまったらもう、彼らと共犯者の気持ちになってしまったのである。仕事を辞めることは彼らを裏切ることだと思っているし、辞めたところで住所や口座番号を始めたくさんの個人情報を握られているのだ。簡単に
辞めたいなんて言い出すことはできなかった。次第に僕の扱いはフレッシュな新人からストレス発散をするための雑用係となっていたのだった。
「ホントだ!おい、こんなところで何してんだよ!!」
夏。とある南の島の海にて。海に似合わない色白の僕はビーチパラソルの下でさらに肌の白さを際立たせていた。存在を消すように縮こまり体育座りをして、何事もなくこの社員旅行が終わることを祈りながら過ごしていたというのに、聞こえてきたのは勤め先の社長とその息子で7歳のクソガキ、凱亜くんの不穏なやり取りの声だった。砂浜でウミガメを見るなんて珍しいなと思い声のする方を見てみると、凱亜くんがウミガメに向かって喚き散らしていた。
「死んでんのか⁉お、目ぇ開いた!おい、動けよ!つまんねぇな!!」
凱亜くんがウミガメの甲羅を蹴り始めたので心がザワついていた。止めに行かないといけないと思って少しだけ縮こまっていた体を動かすけれど、息子である凱亜くんに同調するようにウミガメにきつく当たる社長の姿を見て僕の体はその場で固まってしまった。視線の先で虐げられるウミガメの姿が普段の自分の姿と重なって見えてしまったのだった。
――「茶くらい言われる前に入れろよ!!」
「す、すみません」
「すすす、すみませんじゃねぇよ。謝罪くらいスッと言えや!無能がよぉ!」
「すみません……」
僕が働いているのはとある水道会社だった。ハピネスアクア水道会社。ほら、一度くらいは目にしたことがあると思うけど、勝手にポストに投函されている「水道トラブルお任せあれ!」的な文言と、安心安全低価格をうたっている名刺サイズのマグネットシートがあるでしょ。あれを勝手に投函しているのが僕の仕事なんだ。後は今まさにオドオドする僕の言い方をマネた後にキレ散らかしている品川社長を始め、全社員さんたちの雑用が僕のこの会社での役割だった。社員と言っても社長と僕を含めて7人の男性しかいないけど。
ハピネスアクア水道会社はいわゆるぼったくりを生業とする会社だった。お客様からの相談を受けて現場に向かい、知識がない人を騙して交換のいらない部品を勝手に交換して修理代を跳ね上げたり、すぐに治る故障も時間をかけて延長代だと言って代金に上乗せしたり。僕とネットの広告担当の長谷川さん以外は出張修理担当の4人の社員しかいない。しかもこの4人の社員はもれなくガタイの良い強面だった。作業着を着たヤクザみたいな面をした男が支払いを迫るのだ。お客さんは疑問を持った顔を見せることがあっても黙って代金を支払ってくれるらしい。お客さんたちは怖い思いをしても「これは勉強代なんだ、仕方のないことなんだ」と思ってしまうのか、事を大きくされることはなかったようだ。出張修理ということで自宅がバレてしまっているために報復を恐れるのもきっと理由の一つなのだと思う。本当に何をするか分からない見た目をしているのだ。きっと見た目で採用されたところもあるのだと思うくらいには。
「休憩行ってきます......」
「休むほど疲れてんのかねぇ?」
社長の長い長い説教を終え、先輩社員の嫌味を受けながら逃げるように会社を出た。背後から聞こえた僕をあざ笑う声は聞こえないフリをした。なるべく遠くにある、社員さんが来ないであろう小さな定食屋に行って静かにお昼を食べるのが僕の習慣になっていた。
「はぁ……」
一人の時間は隙があればため息を吐くようになっていた。どうしてあんな水道会社で働いているのかと言ったら、僕が社長の言う通り無能だから仕方がない。
大学時代に就職活動に苦戦した。数えることもなくなる程の会社からお祈りメールをもらったあたりで心が壊れかけ、僕はこの社会に必要がない人間なんだって思い始めていた。そんな無能な僕を受け入れてくれたのがハピネスアクア水道会社だった。周りの就活生はほとんど就活を終え、社会人になる前の最後の長期休暇の予定に浮足立っていた頃。僕が就活を諦めてフリーターにでもなろうかと思っていた時だった。比較的近所で高収入のバイトの広告をSNSで見かけたのだった。
最初は優しく接してくれていたし、周りの新卒に比べても十分なくらいのお給料を貰っていた。しかしすぐに彼らの“やり口”に気づき、ここにいてはいけないと頭で分かっていたのに僕は働き続けていた。何故かと言われたら十分なお給料を受け取ってしまったらもう、彼らと共犯者の気持ちになってしまったのである。仕事を辞めることは彼らを裏切ることだと思っているし、辞めたところで住所や口座番号を始めたくさんの個人情報を握られているのだ。簡単に
辞めたいなんて言い出すことはできなかった。次第に僕の扱いはフレッシュな新人からストレス発散をするための雑用係となっていたのだった。