雪が囚われている屋敷。それを山奥から眼光鋭く見つめながら、龍胆は昔を思い出していた。
『ゆき、龍胆ちゃんのお嫁さんになるんだから』
かわいい雪の声が脳裏にこだまする。

――もう、潮時が来ているのかもしれない。

開け放たれた障子によりかかる男と目があった・・・気がした。
白木蓮はにやりと笑う。

(あの男の、俺への執着は尋常じゃないな)

龍胆は編笠を脱ぐ。後ろでくくった長髪を風に遊ばせ、気配を隠さず見つめる。
「ぎゃあっ!?」
ふと、叫び声がした。
振り向けば、階級は下なのだろう。素人丸出しの隊士が荷物を地面に散らばらせ、尻餅をついていた。
龍胆は月光を背に、白髪をなびかせ、獰猛にらんらんと光る青い瞳をしていた。
「で、でたっ!! 鬼だ、鬼が出た―っ!!」
そう言って、山道を転がり落ちるように逃げていく。
「・・・落ちたものだな、討伐隊も」
龍胆は興味をなくし、視線をふたたび白木蓮へと移した。
すると、屋敷では動きがあった。
大木に雪を縛り付けているではないか。
「雪っ!」
龍胆は叫ぶ。
それから、大きな樽のようなものをゴロゴロと雪の眼の前へ押してくる。
屍食鬼だから中身が手に取るようにわかる。
「御様御用(おためしごよう)の死体を持ってきたのか!?」
首のない死体。つまり、死罪になった罪人の死体だ。
おもに刀の試し切りに使われるのだが。
刹那、白木蓮の怒声が飛んできた。
「そこにいるのはわかっているぞ、屍食鬼!!」
「チッ」
龍胆は舌打ちする。何をしようとしているのか、あっさりと想像できた。
(雪と死体を餌に、俺達を誘い出すつもりか)
白木蓮は更に続ける。刀を抜き、ギラリと鈍く光るそれを雪の首へ添えた。

「出てこないのなら、この娘の命はないぞ。鬼ども。さあ、かかってこい!!」