龍胆は雪を抱きしめた。雪の髪に顔を埋め、龍胆は深呼吸する。

雪は恥ずかしさとくすぐったさに耐えかね、おずおずと龍胆を見上げた。
「龍胆さまは、なぜ人間に戻れたのでしょう?」
「・・・俺が最後に斬ったのはあやめだ。奴は半人半妖。人間ではない。俺の白髪は毛先だけ灰色だったのだよ。俺の中にはまだ人間の部分が残っていた、ということだろうね」

――パリン・・・ッ

ふと、庭の方からガラスが割れるような音がした。
龍胆は雪から離れると、龍胆は慌てて障子を開ける。
(まさか結界が破れたのか!?)
案の定、屍食鬼の館を隠していた結界が、音を立てて消えていた。
「龍胆さま。結界がやぶれて・・・っ!」
「俺が人間に戻ったから、か?」
「それと、龍胆さま。菫ちゃんがいません!」
雪は青ざめた。
刹那、ドンと地面から突き上げる凄まじい地震が、館をグラグラと揺らした。

立っていることも叶わず、雪はその場にしゃがみ込む。龍胆は落下物から雪を守るように上から覆いかぶさった。雪の恐怖を煽るように、爆発音が響き渡る。

・・・やがて揺れは収まったものの、雪の震えは止まらない。

ふと、笛の優美な音色が聞こえてきた。
心に染み入るような、優しい音色だ。

「雪っ! 体が、透けて・・・!」
「え」
雪は自分の両手を見た。どんどん、色素がなくなり、透明になっていくではないか。
「龍胆さまも透けています」
それは龍胆も同じだった。龍胆は冷静に分析する。
「敵の攻撃なのだろうね。怪異討伐隊ではなさそうだが」
龍胆は息を吐いた。何度目かもわからない口づけを頬に落とす。
「おそらくこのまま、どこかへ連れて行かれる。・・・雪。俺が必ず見つけて、迎えに行くから、待っていてほしい」

――約束だ。

「そんな、龍胆さま。嫌っ! 消えないで!」
雪は怖かった。
そのほほ笑みは十年前と、重なって見えた。
龍胆は雪を抱き寄せようと試みたが、手は雪をすり抜け、虚しく空を切る。
笛の音(ね)はますます大きくなる。
雪は目をつぶり、龍胆は殺気を帯びた瞳で、次の攻撃に備える。

囲炉裏の火が弾ける。

笛の音がやむ。――雪と龍胆は、消滅していた。

屍食鬼の館を取り囲むように、寺社のような建物が朱色に輝いていた。