外は猛吹雪だ。
白木蓮及び怪異討伐隊は、数名の隊士を調査に向かわせ、屋敷に引っ込むと、各々、暖を取っていた。
「隊長、元気ないね」
うなだれたままの白木蓮の背中を見た隊士が言う。
「仕方ねえよ。鬼にあそこまでこけにされちゃあ、ああなるのも当然さ。――おっと!」
言葉を切る。
微弱だが、地震が発生したようだった。足元のぐらつきはすぐに収まったが、皆顔を合わせた。
「――なんだ・・・?」
白木蓮は屋敷を飛び出し、あたりを見渡した。
遠くの丘の上で、白い雪煙がぶわっと丘を染めていた。
(あそこは確か、明日調査に向かう予定だった、屍食鬼の館と思わしき場所・・・!)
龍胆の身に、なにか起きたのか。
白木蓮は屋敷へ戻ると、数名の隊士を待機させ、自ら馬に乗った。
出陣の号令をかける。
「血気盛んですねぇ。泥臭くて大変よろしいです」
その出鼻をくじく男の声が、優雅に響いた。
ぎょっとして声の主を探すと、白木蓮は目を剥いた。
「なぜ、あなたがここに・・・!?」
白木蓮は馬を降りる。他の隊士もならって下馬した。
猛吹雪をものともせず、男は一人、ふらりとそこに立っていた。
血のように赤い狩衣。袖が風に揺れる。冠は被らず、腰まで長いみごとな白髪を背中に流している。
白い鼻筋、うすい唇。赤い瞳は狩衣とよく合う。目尻には朱色の化粧を施していた。
「・・・に、人間か!?」
隊士の一人が口走った。あまりに人間離れした美貌だからだ。
男はふふんと鼻で笑う。
「人間ですよ。白髪と赤瞳は生まれつきでね。白兎と同じようなものです」
「申し訳ありませぬ、十六夜 芍薬(いざよい しゃくやく)さま」
白木蓮は深々と頭を下げた。
「新人ゆえ、無礼をお許しください」
芍薬と呼ばれた男は、空を仰ぎ、考える素振りをした。
真っ赤な夕日はゆらりと沈んでゆく。
白木蓮は背中の汗が止まらなかった。この男の恐ろしさは、誰よりも知っている。
だが、疑問が残る。
(なぜ、御自ら、ここにおられるのだ)
部下に向かわせれば良いものを。それに、牛車もなければ馬もない。どうやって花散里まで来たというのか?
「考え事ですか? 白木蓮」
「ははっ。決してそのような」
「いいえ。決めました。――許しません」
――ザクッ
肉が切れる、鈍い音がした。後ろから血しぶきがあがる。先ほど『人間か』と口走った隊士のものだ。
びしゃりと白木蓮の頬に返り血が飛ぶ。
いったい誰が首をはねたのか。
白木蓮は思わず振り返り、息を呑んだ。
討伐隊の隊士が、仲間の首をはねていた。
「芍薬さま! これは一体」
「おまえが使えぬ駒だからですよ、白木蓮。おまえが悪いのです」
次々と鞘から刀を抜く音が響く。気づけば、隊士同士、切り合いが勃発していた。白雪の中に次々に飛び散る血しぶき。首や、切られた人間の手首。
それらは、雪を真っ赤に染めてゆく。
血のような赤い衣の袖を揺らし、芍薬は唇をほころばせた。
「白木蓮。おまえは全く使い物になりませんでしたねぇ。すっかり幕府側に染められてしまって」
「何を仰るのです! 私の朝廷への忠誠心は揺らぎません」
「その頭の鈍さもひどいものだ。――いや、裏切り者の龍胆が、あなたを巻き込むまいと一切情報を与えなかったのですね」
芍薬は、返り血を浴びてもひょうひょうとしていた。血を指でぬぐい、紅をさすように唇に血化粧をほどこす。
「どういうことです? 怪異討伐隊は朝廷より幕府に献上された隊ではなかったのですか!?」
「朝廷から幕府へ献上、というのは表向きの姿。龍胆を筆頭として、幕府のお偉方の粛清を行っていたのは怪異討伐隊ですよ。――もっとも、すべての隊士に情報を与えたわけではなりません。一部の隊士だけに与えました。忠誠心が強いものを選抜してね」
「なんだと・・・!!」
白木蓮は竜胆の言葉を思い出した。
『お前は休暇を取れ』
翌日、穢土で血の雨が振った。それはてっきり、龍胆が幕府から雇われたのだと勝手に思い込んでいた。
違ったのだ。竜胆に人斬りをさせ、隊士はその後始末をする。死体の処理を行っていたのは怪異討伐隊だったのだ。
(すべて朝廷からの差し金か!)
白木蓮は奥歯をぎりっと噛み締めた。
(・・・龍胆さん。あんた馬鹿だ)
こんな男のために、人生を棒に振って。手を血で染めて。
だが、自分に知らせえてくれていれば、という思いは消し飛んだ。この芍薬をはじめ、朝廷の恐ろしさを白木蓮は知っている。逆らえるはずもなかったのだ。
「龍胆に少々殺しをさせすぎました。怪しんだ幕府から隊員の総入れ替えをされてしまった。朝廷に気を使った幕府が、あなたのような何も知らない無能を残し、穢土生まれの腰抜けの新人で作った無能の隊へと入れ替えてしまったのです。討伐隊はすっかり使えない駒に成り下がった」
芍薬は戯れなのだろう。腰を抜かした新人の隊士の首をはねた。
血刀を振るう姿は、まるで・・・――鬼だ。
「そろそろ回収してもいい頃でしょう。怪異討伐隊はここで消える。無能な塵(ごみ)はここに置いてゆきます」
――一人残らず斬り捨てなさい。
そう言うと、芍薬はこちらに背を向け、山奥へと歩き出す。白木蓮は「待て! 貴様―!!」と怒声を浴びせるが、敵にはばまれ、追いつけない。
「さて。鬼になったと聴く龍胆。おまえは今、どんな凶暴な姿になっているのでしょうねぇ」
突如、芍薬の前に巨大な朱塗りの石造りの廊下が出現した。まるで寺社の回廊だ。
男はなんの迷いもなく、慣れた様子で中へ入ってゆく。
やがて建物は、夢幻(ゆめまぼろし)のようにゆらりと消えた。
白木蓮及び怪異討伐隊は、数名の隊士を調査に向かわせ、屋敷に引っ込むと、各々、暖を取っていた。
「隊長、元気ないね」
うなだれたままの白木蓮の背中を見た隊士が言う。
「仕方ねえよ。鬼にあそこまでこけにされちゃあ、ああなるのも当然さ。――おっと!」
言葉を切る。
微弱だが、地震が発生したようだった。足元のぐらつきはすぐに収まったが、皆顔を合わせた。
「――なんだ・・・?」
白木蓮は屋敷を飛び出し、あたりを見渡した。
遠くの丘の上で、白い雪煙がぶわっと丘を染めていた。
(あそこは確か、明日調査に向かう予定だった、屍食鬼の館と思わしき場所・・・!)
龍胆の身に、なにか起きたのか。
白木蓮は屋敷へ戻ると、数名の隊士を待機させ、自ら馬に乗った。
出陣の号令をかける。
「血気盛んですねぇ。泥臭くて大変よろしいです」
その出鼻をくじく男の声が、優雅に響いた。
ぎょっとして声の主を探すと、白木蓮は目を剥いた。
「なぜ、あなたがここに・・・!?」
白木蓮は馬を降りる。他の隊士もならって下馬した。
猛吹雪をものともせず、男は一人、ふらりとそこに立っていた。
血のように赤い狩衣。袖が風に揺れる。冠は被らず、腰まで長いみごとな白髪を背中に流している。
白い鼻筋、うすい唇。赤い瞳は狩衣とよく合う。目尻には朱色の化粧を施していた。
「・・・に、人間か!?」
隊士の一人が口走った。あまりに人間離れした美貌だからだ。
男はふふんと鼻で笑う。
「人間ですよ。白髪と赤瞳は生まれつきでね。白兎と同じようなものです」
「申し訳ありませぬ、十六夜 芍薬(いざよい しゃくやく)さま」
白木蓮は深々と頭を下げた。
「新人ゆえ、無礼をお許しください」
芍薬と呼ばれた男は、空を仰ぎ、考える素振りをした。
真っ赤な夕日はゆらりと沈んでゆく。
白木蓮は背中の汗が止まらなかった。この男の恐ろしさは、誰よりも知っている。
だが、疑問が残る。
(なぜ、御自ら、ここにおられるのだ)
部下に向かわせれば良いものを。それに、牛車もなければ馬もない。どうやって花散里まで来たというのか?
「考え事ですか? 白木蓮」
「ははっ。決してそのような」
「いいえ。決めました。――許しません」
――ザクッ
肉が切れる、鈍い音がした。後ろから血しぶきがあがる。先ほど『人間か』と口走った隊士のものだ。
びしゃりと白木蓮の頬に返り血が飛ぶ。
いったい誰が首をはねたのか。
白木蓮は思わず振り返り、息を呑んだ。
討伐隊の隊士が、仲間の首をはねていた。
「芍薬さま! これは一体」
「おまえが使えぬ駒だからですよ、白木蓮。おまえが悪いのです」
次々と鞘から刀を抜く音が響く。気づけば、隊士同士、切り合いが勃発していた。白雪の中に次々に飛び散る血しぶき。首や、切られた人間の手首。
それらは、雪を真っ赤に染めてゆく。
血のような赤い衣の袖を揺らし、芍薬は唇をほころばせた。
「白木蓮。おまえは全く使い物になりませんでしたねぇ。すっかり幕府側に染められてしまって」
「何を仰るのです! 私の朝廷への忠誠心は揺らぎません」
「その頭の鈍さもひどいものだ。――いや、裏切り者の龍胆が、あなたを巻き込むまいと一切情報を与えなかったのですね」
芍薬は、返り血を浴びてもひょうひょうとしていた。血を指でぬぐい、紅をさすように唇に血化粧をほどこす。
「どういうことです? 怪異討伐隊は朝廷より幕府に献上された隊ではなかったのですか!?」
「朝廷から幕府へ献上、というのは表向きの姿。龍胆を筆頭として、幕府のお偉方の粛清を行っていたのは怪異討伐隊ですよ。――もっとも、すべての隊士に情報を与えたわけではなりません。一部の隊士だけに与えました。忠誠心が強いものを選抜してね」
「なんだと・・・!!」
白木蓮は竜胆の言葉を思い出した。
『お前は休暇を取れ』
翌日、穢土で血の雨が振った。それはてっきり、龍胆が幕府から雇われたのだと勝手に思い込んでいた。
違ったのだ。竜胆に人斬りをさせ、隊士はその後始末をする。死体の処理を行っていたのは怪異討伐隊だったのだ。
(すべて朝廷からの差し金か!)
白木蓮は奥歯をぎりっと噛み締めた。
(・・・龍胆さん。あんた馬鹿だ)
こんな男のために、人生を棒に振って。手を血で染めて。
だが、自分に知らせえてくれていれば、という思いは消し飛んだ。この芍薬をはじめ、朝廷の恐ろしさを白木蓮は知っている。逆らえるはずもなかったのだ。
「龍胆に少々殺しをさせすぎました。怪しんだ幕府から隊員の総入れ替えをされてしまった。朝廷に気を使った幕府が、あなたのような何も知らない無能を残し、穢土生まれの腰抜けの新人で作った無能の隊へと入れ替えてしまったのです。討伐隊はすっかり使えない駒に成り下がった」
芍薬は戯れなのだろう。腰を抜かした新人の隊士の首をはねた。
血刀を振るう姿は、まるで・・・――鬼だ。
「そろそろ回収してもいい頃でしょう。怪異討伐隊はここで消える。無能な塵(ごみ)はここに置いてゆきます」
――一人残らず斬り捨てなさい。
そう言うと、芍薬はこちらに背を向け、山奥へと歩き出す。白木蓮は「待て! 貴様―!!」と怒声を浴びせるが、敵にはばまれ、追いつけない。
「さて。鬼になったと聴く龍胆。おまえは今、どんな凶暴な姿になっているのでしょうねぇ」
突如、芍薬の前に巨大な朱塗りの石造りの廊下が出現した。まるで寺社の回廊だ。
男はなんの迷いもなく、慣れた様子で中へ入ってゆく。
やがて建物は、夢幻(ゆめまぼろし)のようにゆらりと消えた。


