・・・山が騒々しい。
白木蓮は刀を雪から前方の山へと構え直す。木々をなぎ倒す音、獣の咆哮がものすごい勢いでこちらへ迫ってくる。
「山の主か?」「屍食鬼は人形(ひとがた)だと聞いたが」と部下たちの動揺。白木蓮は怯むなと怒鳴りつけ、にやりと笑った。
「ようやくお出ましか」
青い炎が燃え盛る巨大な物体が、雪めがけて一直線に飛びかかってきた。月明かりの下、黒猫の巨体を青い炎がぐるりと巻き付きながら燃え盛っている。
「くろちゃんっ! 来ちゃだめよ!」
雪が叫ぶ。
雪の声に反応した化猫は、一瞬動きが鈍った。
当然それを、白木蓮が見逃すはずがない。
化猫の首めがけて、ギラリと光る刃を瞬速で振り下ろす。
金属がぶつかり合う音がした。
刃を受け止めたのは、――龍胆だった。
「貴様――!」
白木蓮が唸る。そのすきに変身を解いた化猫は、子供の姿に変身した。
「雪お姉ちゃん!」
雪へと駆け寄ってくる。雪は黒猫の正体が菫だったと知り、しばし目を丸くしていたが、小さい手で拘束を解いてくれた菫を抱きしめた。
「なんてむちゃするの・・・」
「お姉ちゃんが心配だったんだもん!」
菫は顔を上げて言う。うるうるとたれ目が愛らしい。
やがて、子どもは雪を守るように一歩出た。自らを取り囲む隊士たちをぐるりと見て言う。
「ねえ、お姉ちゃん」
――このひとたち、食べてもいい?
その一言に、雪も隊士もぞっと悪寒が走った。菫は続ける。
「僕の大切なひとを、寒空の中、木に縛り付けるなんて。人間はやはりろくでもないです。そんな人達とぼくらあやかし。なんの違いがありましょう。殺し合いを望むのならいい度胸。僕が相手になりますよ」
子どもはそのまま首のない死体が入った桶に近づく。刹那、頭だけ巨大な猫に戻ると、死体を樽ごとバリバリと噛み砕いた。
ごくりと飲み込むと、すっと子供の姿へ戻る。
菫のかわいらしい唇には、血が滴り落ちていた。菫はにやりと笑う。とても子どもの見せる笑みではない。
初めてあやかしが捕食する場面を見たものもいたのだろう。刀を握る手が震えているもの、その場で吐いたものもいた。
「食べちゃだめ」
涼やかな声がした。菫は隊士たちから視線を外し、雪を見上げる。
「菫ちゃん。人間は食べ物じゃないわ。食べちゃだめ。いい?」
なんて間の抜けたしかり方をするんだ。その場にいた全員が思った。が、菫はぱっと顔をほころばせた。
「はーいっ。お姉ちゃんがそう言うなら」
何かが決定的にズレている。隊士たちは震えた。
白木蓮は刀を雪から前方の山へと構え直す。木々をなぎ倒す音、獣の咆哮がものすごい勢いでこちらへ迫ってくる。
「山の主か?」「屍食鬼は人形(ひとがた)だと聞いたが」と部下たちの動揺。白木蓮は怯むなと怒鳴りつけ、にやりと笑った。
「ようやくお出ましか」
青い炎が燃え盛る巨大な物体が、雪めがけて一直線に飛びかかってきた。月明かりの下、黒猫の巨体を青い炎がぐるりと巻き付きながら燃え盛っている。
「くろちゃんっ! 来ちゃだめよ!」
雪が叫ぶ。
雪の声に反応した化猫は、一瞬動きが鈍った。
当然それを、白木蓮が見逃すはずがない。
化猫の首めがけて、ギラリと光る刃を瞬速で振り下ろす。
金属がぶつかり合う音がした。
刃を受け止めたのは、――龍胆だった。
「貴様――!」
白木蓮が唸る。そのすきに変身を解いた化猫は、子供の姿に変身した。
「雪お姉ちゃん!」
雪へと駆け寄ってくる。雪は黒猫の正体が菫だったと知り、しばし目を丸くしていたが、小さい手で拘束を解いてくれた菫を抱きしめた。
「なんてむちゃするの・・・」
「お姉ちゃんが心配だったんだもん!」
菫は顔を上げて言う。うるうるとたれ目が愛らしい。
やがて、子どもは雪を守るように一歩出た。自らを取り囲む隊士たちをぐるりと見て言う。
「ねえ、お姉ちゃん」
――このひとたち、食べてもいい?
その一言に、雪も隊士もぞっと悪寒が走った。菫は続ける。
「僕の大切なひとを、寒空の中、木に縛り付けるなんて。人間はやはりろくでもないです。そんな人達とぼくらあやかし。なんの違いがありましょう。殺し合いを望むのならいい度胸。僕が相手になりますよ」
子どもはそのまま首のない死体が入った桶に近づく。刹那、頭だけ巨大な猫に戻ると、死体を樽ごとバリバリと噛み砕いた。
ごくりと飲み込むと、すっと子供の姿へ戻る。
菫のかわいらしい唇には、血が滴り落ちていた。菫はにやりと笑う。とても子どもの見せる笑みではない。
初めてあやかしが捕食する場面を見たものもいたのだろう。刀を握る手が震えているもの、その場で吐いたものもいた。
「食べちゃだめ」
涼やかな声がした。菫は隊士たちから視線を外し、雪を見上げる。
「菫ちゃん。人間は食べ物じゃないわ。食べちゃだめ。いい?」
なんて間の抜けたしかり方をするんだ。その場にいた全員が思った。が、菫はぱっと顔をほころばせた。
「はーいっ。お姉ちゃんがそう言うなら」
何かが決定的にズレている。隊士たちは震えた。


