次の日、12時昼休み。
 僕はどうしてかまた生物化学準備室を訪れていた。
 昨日と同じように、入口に背を向けて座っていた羽川先生が、扉が開いた音に反応してゆっくりと振り返る。

「赤坂くん。もう口を聞いてくれないんじゃないかと思いました」

 相変わらず表情は穏やかで、口調はやけに丁寧だ。

「今日もここへやってきたということは、僕の話を信じたくなりましたか?」

 羽川先生はにこりと笑う。昨日僕が座っていたパイプ椅子はそのままだ。まるでそこに座りなさいとでも言われているようだ。

「信じているとか、そういう話じゃないです。ただ、羽川先生の言うとおりになったのが、気に食わないだけ」
「そうですか、信用を得るのは中々難しいようですね。特にきみは警戒心が強いようですし」

 信じているかいないかといえば、前者だ。牛乳に始まり、地震のことも、秋山さんのことも言い当てた。先に未来を知っていたとしか言いようがない。流石にこの奇妙な事実を信じるしかない状況にある。
 けれど、もし本当にそうであるのならば、羽川が言った7月15日、僕は死ぬことになる。それはひどく信じがたい、いや、信じたくないことだ。

「赤坂くん、きみは警戒心が強くひどく思慮深い。頭のいいきみは僕の話がほぼ100%の確立で事実だとわかっているはずです」
「だとしたら、羽川先生、僕の死因はなんですか。いつ、どうやって、死ぬんですか。そしてあなたの予知夢とやらは、事前に知った未来を変えられますか」

 我ながら必死に言葉があふれて気持ちが悪い。明日死ぬなんて想像できない。死にたくない。

「……そうですね、その話をする前に、もうひとつきみについて話をしましょう」

 何故素直に応えてくれないのか。僕の死因がわかっていて『監視させてくれ』だなんて頼むのなら、なにか打開策があるんじゃないのか。
 まだ何かあるのか─────

「きみ、カンニングしていますね」
「……は?」
「世界史の小テストですよ、今日の2限目でしょうか。優秀なきみが珍しいですね。昨日の秋山さんとの一件と、奇妙な僕のことを考えていて予習ができなかった、といった所でしょうか?」
「なにを、馬鹿な事」
「赤坂くん、きみは外見や外面を取り繕うのが下手なくせにひどくプライドが高い。賢く効率的に物事をこなすように見えてあまりに打算的だ。きみは自身の正の為なら手段を選ばない性分です。例え小テストであれ、普段より大きく成績を下げることを、きみはきみ自身でゆるせないでしょう」
「何言ってんだよ、」
「すみません、今の分析はすべて僕の主観でしたね。けれどカンニングしたことは僕が昨日見た夢の中での話です。つまりこれが予知夢かどうか、きみ自身がいちばんよくわかっているはず。さて、現実はどうでしたか?」

 羽川の表情はかわらない。あまりにやさしくゆるやかに微笑んでいる。
 まるで、僕のことは何でもお見通しだとでもいうように。

「沈黙は肯定と同義です。どうやら僕の予知夢は当たっていたようですね。その様子だと、今までも何度か同じ行為をしたことがあるのではないですか?」
「……」
「赤坂くん、きみのズボンの右ポケットに小さく折り畳まれたカンニング用紙が入っているはずです。よかったら見せて貰えますか」

 指先が震えるのがわかった。咄嗟に右ポケットを抑えると、羽川は満足そうににこりと笑う。

「筆跡から見て赤坂くんのものだと言う証拠には十分でしょうね」

 さあこちらに、見せてください、やっぱりそうですね、これは僕が預かっておきます。赤坂くん、きみは大人の言うことを聞くことが苦手なようですから。淡々と降ってくる言葉を頭で噛み砕こうとしてもうまくいかない。頭痛がする。

「何故でしょうか、きみの悪事ばかり夢に見るんです。ああ、そんなに怖い顔をしないでください。大丈夫ですよ、きみが今後そのようなことをしないと誓ってくれるのなら、今回のことは誰にも言いません。大事な生徒ですから、将来を無碍にするようなことはしません。それに僕は、明日きみを死なせもしません」

 羽川の表情はずっと変わらず穏やかだ。