「羽川先生の言い分はわかりました。でも、まだ疑問があります。何故こんなことを突然僕に打ち明けてくるのか。そして何故、僕を監視するんですか」

 予知夢が見える。
 そんな現実離れした話を信じるのもどうかと思うけれど、証拠のように目の前で未来のことを当てられたのならば仕方がない。問題は、どうしてこの羽川先生が、僕のような一般生徒にそんな話を持ちかけてきたのか、だ。

「赤坂くん、きみは話が早いですね。そういうところも、僕がきみを買っているひとつの理由です」
「そんな話はどうでもいいです」
「すみません。そうですね、では本題に入りましょうか」

 半袖の制服がやけに頼りなく感じる。些かここは冷房が効きすぎているのではないだろうか。

「ここ最近、きみに関する夢をよく見るんです。今まで自分に関する予知夢しか見たことがなかったので、気がつくまでに時間がかかったのですが。どうやらここ数日の夢は、赤坂くん、きみに関する“予知夢”なのだと気がつきました」
「え、っと、それはどういう」
「先ほど僕が質問したのは、きみが毎朝牛乳を飲んでいるシーンと、それから昨日、それを溢すところを夢で見たからです。それが本当にあったことなのかどうか、僕はきみに聞くほか確かめる方法がない」
「つまり、先生の僕に関する夢が予知夢なのか───実際に現実で起こったことなのか、確認したってこと?」
「そうなりますね。気持ちが悪いかもしれませんが、ここ数日、きみの夢ばかり見ているんですよ」

 素直に、気持ちが悪い、と思った。教師に自分のことを夢に見るだなんて言われたって嬉しくともなんともない。異性ならまだ許せたかも知れないが。

「ですから、きみのことを監視させて欲しいんです」
「いや、だから、話が飛びすぎなんですよ。先生が僕に関する予知夢を見ていることはわかりました。でも、なんでそれが僕を監視することになるのか、到底話が結びつきません」
「そうですね、赤坂くん。では想像してみてください。僕は今年32歳。自身の予知夢能力を自覚したのは10歳の時です。即ちこの能力と向き合ってから22年が経ちました。けれどその間きみが言うように世間に知らせなかったのは、今まで見ていた予知夢が僕自身に関するほんの些細なことのみだったからです」
「はあ……」
「気になりませんか? 22年間決して見ることのなかった”僕以外の人間に関する予知夢”です。どうして僕が、突然きみの夢ばかり見るようになったのか」

 気にならないと言えば嘘になる。
 羽川先生。高校2年になって初めて存在を知ったクラスの副担任。担当教科は生物。話したことは殆どない。

「気になる……けど、でも、僕には関係ない」

 予知夢が見える。それは凄い能力のようだけれど、見えたものがたかが”牛乳を溢した”ぐらいのものなら、正直どうだっていい。勝手に見ていろ。

「関係があるんですよ、何故なら明後日7月15日、きみが死ぬ夢を見たからです」

 固まった。表情は変わらず穏やかな羽川先生に悪寒さえする。
 きみが死ぬ夢? 僕が死ぬ?

「予知夢とは不思議なもので、見るタイミングや映し出される映像の時系列もバラバラなんですよ」

 何も返事ができない僕をよそ目に、そう続ける。そんなことを気にしているわけではない。今重要なのはそんなことじゃないだろう。

「つまるところ、この予知夢が現実にならないように、僕はきみを監視したいのです」
「ふざけないでください」
「ふざけていませんよ。僕だって出来ればこんな話、きみのような優秀な生徒にしたくありません」
「そんな気持ちが悪い話、信じてたまるか」
「さっきまで僕の話を信じていたと思ったのですが。まあ、いいです。簡単に信じられる話でもないでしょう。でもリスクヘッジはしてください。いくら未来を知っているからと言って、僕がきみを確実に助けられるとは限りませんから」

 思わず席を立つ。気持ちが悪い。けれどどこかで信じている自分もいる。
 だってこいつは僕が昨日牛乳を溢したことも、さっきの地震も言い当てたのだ。

「あ、あと」

 パイプ椅子から立ち上がって羽川先生に背を向ける。生物化学準備室の扉に手をかけたところで、後ろから変わらず淡々とした先生の声が降ってくる。

「午後の美術の授業は気をつけてください。隣の席の秋山(あきやま)さんとは、ペアにならない方がいいかもしれません。若しくは、彼女の絵の具とは距離をとって下さい。物理的に、若しくは精神的に、彼女はきみを傷つけるかもしれない」

 なんだそれ、ふざけるな。
 僕はそれに返事をせずに、生物化学準備室の扉をぴしゃりと閉めた。