「ではまず手始めに信用を得ることにしましょうか」
固まる僕に、羽川先生が再び微笑んだ。一瞬強くなった太陽光が弱まって、また先生の表情がよく見えるようになった。この信じられない状況に、未だ、僕は返事をすることができない。
「僕が昨日見た夢の話です」
夏休み前、7月中旬。真夏のはずが、ここはクーラーが効いていてやけに涼しい。
「今日、僕がここ生物化学準備室にて赤坂くん、きみと話をしている間、地震速報が流れます。時刻は12時18分、震源地は岐阜県土岐市、震度4。死人はゼロです」
現在の時刻を見る。12時12分。あと6分だ。僕はポケットに忍ばせたスマホのことを想像する。
「ああ、そういえばうちの高校は校内でのスマホ使用が禁止でしたね」
「……」
「スマホを出していただいて構いません。夢の中で、きみは制服ズボンのポケットにスマホを隠していました。違いますか?」
羽川先生の表情は変わらない。
校内のスマホ使用禁止。そんなものは単なる机上ルールに過ぎない。勉強だってスポーツだって芸術だってネット上で学べる時代だ。僕ら生徒がスマホ使用していることなんて教師の間では暗黙の了解だろう。
「……羽川先生」
「ああ、やっと口をきいてくれましたね。このまま無視され続けたら、どうしようかと思いました」
困ったように笑う。30代前半だろうか。副担任とはいえこれまで羽川先生のことを特に気にとめたことがないので、彼のことはよく知らない。
「羽川先生、先生が言うことが正しいのなら、地震が起きるまであと5分です。それまでにひとつ質問してもいいですか」
「はい、勿論ですよ」
「仮に羽川先生の予知夢という能力が本当だとしたら、地震が起きることを知らせるよう、超能力者としてテレビにでもインターネットにでも出たらどうですか。こんな何の特徴もない一般生徒に突然打ち明けるなんて、それこそ変な話です」
「はは、赤坂くん、きみは賢い。こんな話を突然されて、冷静に返せる高校生は中々いません。僕はきみが思っているよりもきみのことを買っています」
やわらかい笑顔を崩さないまま、羽川先生が本棚横に置かれていたパイプ椅子を指さした。
「すみません、気が利かなくて。ずっと立たせていましたね。きみとはいい話が出来そうです。よければ座って下さい」
羽川先生の言葉に促され、半ば強制的にパイプ椅子へと腰を下ろす。さっきまで見上げられていたのに、急に視線が平行線になったことでいやに緊張感が増す。
どうしてこんなことになっているんだ。
「赤坂くん、さっききみは『超能力者としてテレビにでもインターネットにでも出たらいい』と言いましたが、そういうわけにもいかないんですよ」
「そういうわけにもいかない、っていうのは?」
「予知夢というのは僕が見たいものを見れるわけではないんですよ。毎日見れるものでもない。時系列もバラバラです。明日の予知夢を見ることもあれば、1ヶ月後の予知夢を見ることもある。ですがそれは、僕以外の他の人には関わらないような小さな出来事を見ることが殆どです。そうですね、例えば、卵を割ったら双子だっただとか、なくしたと思っていた鍵が上着のポケットに入っていただとか、そんな些細なことなんです。だから自分でも、わざわざ“予知夢”というような大きな名前を使うことは今回が初めてです。僕自身、これは第六感のような、自身のちょっとした特技ぐらいとしか、思っていなかったものですから」
羽川先生は目を閉じながら、両手の指を絡めてそう話す。不思議と、先生が嘘をついているようには思えなかった。
「でも、それなら尚更どうして僕なんかに、」
言葉を紡いだ刹那、突然ぐらりと視界が揺れた。ほんの一瞬のことだ。
驚いて思わずスマホを取り出すと、時刻は12時18分。続けてSNSを開けば、地震速報が流れてくる。
『7月12日12時18分地震発生。震源地は岐阜県土岐市。推定震度4』
驚愕する。さっき目の前の羽川先生が口にしたことと、全く同じ事が起きている。
「信じてもらえましたか?」
先生を見ると、僕と同じようにスマホを確認していた。予知夢で見たのはこのシーンだったのだろうか。
普通に考えて、自然現象である地震の発生時間や震源地を当てるだなんて、まずありえない。こんな地方のたかが高校教師が人工的に地震を起こすのだって不可能だ。
羽川先生が言うように、事前に予測していた、または奇跡的に当てずっぽうが当たってしまった、そう捉える他ない。
現時点で、僕はその前者を信じてしまっている。いやに現実離れした話ではあるけれど。



