赤坂(あかさか)くん、つかぬことをお聞きしますが」
「はい?」
「きみは毎朝牛乳を飲んでいますか?」

 昼放課の生物化学準備室。12時にここへ来るように、と副担任の羽川(はがわ)先生に呼び出されたのは今朝の話。

「ええっと、そうですね。はい」

 窓際に設置された机から、座ったまま振り向きもせずそう尋ねた羽川先生は、僕の返答に「そうですか」と頷く。その背中は何か言いたげに丸まっている。
 これは、何か叱られる前のアイスブレイクだろうか。とはいえ、わざわざ貴重な昼休み、こんなところへ呼び出される理由が皆目見当もつかない。
 『毎朝牛乳を飲んでいますか?』その返答に『はい』と答えるのは、珍しいといえば珍しいし、珍しくないと言えば珍しくないだろう。

「そうですか。では、昨日はもしかすると、牛乳を溢しませんでしたか。それで、今日飲む分がなくなって、代わりにコップ1杯の水を飲みませんでしたか」
「え、」
「そしてきみは、毎朝の習慣が果たせなかったことにストレスを感じて、午前中の授業に集中できず、多少の頭痛さえ感じている。違いますか?」

 それまで僕に背中を向けていた羽川先生が、ゆっくりとこちらを振り返った。色素の薄い長髪に、白くて線の細い身体。生物教師にしてはやけにルックスがよく、女子生徒に好かれていることは知っている。この口調のやわらかさと、どこか他人を寄せ付けない雰囲気も、魅力のひとつだと誰かが言っているのを聞いたこともある。

「すみません、後半は、よく言えば繊細、悪く言えば過敏なきみのことを想像した、僕の勝手な憶測ですが」

 僕は返事をすることが出来ない。何故なら、今言われたことが、すべて昨日今日、自分の身に起きたことだからだ。
 羽川先生はわらっている。ひどく、やわらかく。

「こんなこと信じてもらえないかもしれませんが、」

 昼間の太陽光はひどく眩しい。雲から太陽が照りだしたのか、急に逆光になった羽川先生の顔がよく見えない。

「僕はね、予知夢をよく見るんです。ですからきみを、監視させてください」

 どういう意味だ─────。