ある者は首を、ある者は肩を、足を、腕を。
皆が致命傷とまではいかずとも大きな傷を負い、泣き叫んでいる。
むせかえるような生臭い鉄の匂い。そして大量の血。そんな血を彼女は一身に浴びながらも、ただ微笑んでいた。
そしてそんな彼女と俺は目が合う。
彼女はゆっくりと嬉しそうに俺に近づいて来た。
こんな状況でも彼女を綺麗だと思ってしまう俺もどうかしてるな。
いつでも控えめであり、千夏は双子の妹の陰に隠れてしまっていた。そのことに不服を漏らすこともなく、ただ静かにいつも図書室で遅くまで読書をしていた。
そして俺はただその横顔を、グラウンドから見ていた。
「山口君、ここにいたのね。ずっと探していたの。会いたかった」
「夏美……」
「ふふふ」
俺だけに微笑んでくれる。
会いたかった、か。
こんな状況でなければ、思わず告白でもしてしまうシーンなのかもしれないな。
ただ彼女の手にあるのは、血まみれの斧。
そして観客は阿鼻叫喚するクラスメイト。正解という選択肢はどこにあったのか。
いくら考えても『ない』という答えにしか辿りつけなかった。
「ははは」
こんな状況でも笑えてくる自分に驚きつつ、ただ彼女を見つめた。
ただゆっくりと振り下ろされる斧を見て俺は、自然と彼女の名前を呼んでいた。
「悪かったな、千夏」
すると器用に斧は俺の真横の地面に刺さった。
その落ちた斧先を見たあと、視線を彼女に戻す。
「何に謝ってるの?」
「なんだろうな。でも……一番は自分の不甲斐なさだな」
「……」
「だけど千夏、一体どうして」
「どうして?」
「だってそうだろう。なにもみんなを殺すことなんてなかったじゃないか」
「……」
彼女はその問いに答えることはない。
そして先ほどの嬉々とした表情が消え、冷たくさげすむような目で俺を見下した。
ぞくりとするほどの、冷たい表情。そこには明らかな憎しみが感じ取れる。
殺す時には喜びを感じ、ダメだと分かると憎むってことか?
いや、たぶん違うな。
「なにもここまでしなくても、もっと別の方法があったんじゃないのか」
「別の方法? そんなのどこにあったというの? みんなは先に私を殺したのに」
「それは」
「事故のあと、自分がすでに死んで火葬されたって言われた時の私の気持ち、分かる?」
「……」
「分かるわけないわよね。あの時、私という存在はこの世で全否定され、もういらないモノとされたの」
「もしかすると、事故で混乱してて」
「でも山口君が分かってた。死んだのが私じゃなくて、夏美だって」
「ああ、そうだ……。分かっていて、言い出せなかった。俺があの時もっと、ちゃんと出来ていたら!」
「今更よ、そんなの。そんな偽善なんて、私には必要ないわ」
まるで殺す価値すらないというように、再び斧を持ち上げると逃げた生徒たちを追うように歩き出した。
どうするべきだったのか。そんな答えは知っている。
「待ってくれ、千夏! みんなに復讐をするつもりか?」
「復讐? どうかしら……。少なくとも、私にとってはもっと楽しいモノだけどね」
「そんな……」
「どうせだから、山口君は最後にしてあげる。最初から全部知っていて、最後まで後悔すればいいんだわ」
俺は振り返らずに答えた彼女のあとを、追いかけることは出来なかった。
そしてまだ生きているだろうクラスメイトたちを見る。
誰も皆ひどい出血で、泣き叫ぶ者もいれば、すでに上を向いたまま辛うじて息をしている者もいた。
ヤバイな。助けを求めに行かないとこのままじゃ、みんな死んでしまう。
だがスマホは教室にしかないし、ここは元からほぼ電波が入らないんだよな。
教室へこのまま走ってスマホを回収し、その足で助けを呼ぶ。
しかし電波は入りずらい状況であり、しかも千夏がそれを許さないだろう。
それならばと、俺は固定電話がある職員室を目指して走り出した。
「頑張って待っててくれよ、今助けを呼んでくるからな! 絶対に助けるから!」
そう言って立ち上がると、膝が笑っていた。
どうやら自分では感じてはいなかっただけで、体はちゃんと恐怖を感じていたらしい。
それでも笑う膝を叩き、そして気合を入れるために頬を両手で叩くと俺は職員室へ向かう。
この時の俺には気づいていなかった。
こんなにも騒ぎになっているのに、誰も教師たちが駆けつけてこないことの意味を。
そうこれは、デスゲームの始まりでしかなかった——
皆が致命傷とまではいかずとも大きな傷を負い、泣き叫んでいる。
むせかえるような生臭い鉄の匂い。そして大量の血。そんな血を彼女は一身に浴びながらも、ただ微笑んでいた。
そしてそんな彼女と俺は目が合う。
彼女はゆっくりと嬉しそうに俺に近づいて来た。
こんな状況でも彼女を綺麗だと思ってしまう俺もどうかしてるな。
いつでも控えめであり、千夏は双子の妹の陰に隠れてしまっていた。そのことに不服を漏らすこともなく、ただ静かにいつも図書室で遅くまで読書をしていた。
そして俺はただその横顔を、グラウンドから見ていた。
「山口君、ここにいたのね。ずっと探していたの。会いたかった」
「夏美……」
「ふふふ」
俺だけに微笑んでくれる。
会いたかった、か。
こんな状況でなければ、思わず告白でもしてしまうシーンなのかもしれないな。
ただ彼女の手にあるのは、血まみれの斧。
そして観客は阿鼻叫喚するクラスメイト。正解という選択肢はどこにあったのか。
いくら考えても『ない』という答えにしか辿りつけなかった。
「ははは」
こんな状況でも笑えてくる自分に驚きつつ、ただ彼女を見つめた。
ただゆっくりと振り下ろされる斧を見て俺は、自然と彼女の名前を呼んでいた。
「悪かったな、千夏」
すると器用に斧は俺の真横の地面に刺さった。
その落ちた斧先を見たあと、視線を彼女に戻す。
「何に謝ってるの?」
「なんだろうな。でも……一番は自分の不甲斐なさだな」
「……」
「だけど千夏、一体どうして」
「どうして?」
「だってそうだろう。なにもみんなを殺すことなんてなかったじゃないか」
「……」
彼女はその問いに答えることはない。
そして先ほどの嬉々とした表情が消え、冷たくさげすむような目で俺を見下した。
ぞくりとするほどの、冷たい表情。そこには明らかな憎しみが感じ取れる。
殺す時には喜びを感じ、ダメだと分かると憎むってことか?
いや、たぶん違うな。
「なにもここまでしなくても、もっと別の方法があったんじゃないのか」
「別の方法? そんなのどこにあったというの? みんなは先に私を殺したのに」
「それは」
「事故のあと、自分がすでに死んで火葬されたって言われた時の私の気持ち、分かる?」
「……」
「分かるわけないわよね。あの時、私という存在はこの世で全否定され、もういらないモノとされたの」
「もしかすると、事故で混乱してて」
「でも山口君が分かってた。死んだのが私じゃなくて、夏美だって」
「ああ、そうだ……。分かっていて、言い出せなかった。俺があの時もっと、ちゃんと出来ていたら!」
「今更よ、そんなの。そんな偽善なんて、私には必要ないわ」
まるで殺す価値すらないというように、再び斧を持ち上げると逃げた生徒たちを追うように歩き出した。
どうするべきだったのか。そんな答えは知っている。
「待ってくれ、千夏! みんなに復讐をするつもりか?」
「復讐? どうかしら……。少なくとも、私にとってはもっと楽しいモノだけどね」
「そんな……」
「どうせだから、山口君は最後にしてあげる。最初から全部知っていて、最後まで後悔すればいいんだわ」
俺は振り返らずに答えた彼女のあとを、追いかけることは出来なかった。
そしてまだ生きているだろうクラスメイトたちを見る。
誰も皆ひどい出血で、泣き叫ぶ者もいれば、すでに上を向いたまま辛うじて息をしている者もいた。
ヤバイな。助けを求めに行かないとこのままじゃ、みんな死んでしまう。
だがスマホは教室にしかないし、ここは元からほぼ電波が入らないんだよな。
教室へこのまま走ってスマホを回収し、その足で助けを呼ぶ。
しかし電波は入りずらい状況であり、しかも千夏がそれを許さないだろう。
それならばと、俺は固定電話がある職員室を目指して走り出した。
「頑張って待っててくれよ、今助けを呼んでくるからな! 絶対に助けるから!」
そう言って立ち上がると、膝が笑っていた。
どうやら自分では感じてはいなかっただけで、体はちゃんと恐怖を感じていたらしい。
それでも笑う膝を叩き、そして気合を入れるために頬を両手で叩くと俺は職員室へ向かう。
この時の俺には気づいていなかった。
こんなにも騒ぎになっているのに、誰も教師たちが駆けつけてこないことの意味を。
そうこれは、デスゲームの始まりでしかなかった——