三学期が終わる終業式。

 その日も彼女は休んでいた。家族みんなが亡くなってしまい天涯孤独《てんがいこどく》となった彼女を、学校でもみんなは腫物(はれもの)を触る様に扱っていた。

 どう口を聞いていいのか、同情してもいいのか。
 先生たちにすら分からないことは、高校生でしかない俺たちには難しすぎた。

 ただただ退屈な終業式。
 校長の話に嫌気がさしつつも春休みをただ待ち望んでいた。

 そしてその式をようやく終えると眠いままクラスのみんなは列を作り、教室へと戻る長い一階の渡り廊下を歩く。

 先生がいないことをいいことに、ふざけてじゃれ合いながら、俺たちは口々に春休みの予定を話し合っていた。

 ふと、視界に彼女……夏美の姿が見える。
 誰かの『あれ?』という声に、みんなの視線は彼女へと集まった。

 今日は休みだったのはず。でも、最後の日だから夏美はみんなに会いに来たのかな。そんな風にただぼんやりとした平和な考えは、一瞬で砕け散った。

 夏美はズルズルと重い何かを引きずりながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「なに、あれ……」
「やだ、嘘でしょ」
「ん? なにがだ?」

 一人のクラスメイトが顔を引きつらせながら、彼女が引きずるものを指さした。
 目を凝らして見ればソレは、その華奢《きゃしゃ》な体には似つかわしくないほどの大きな斧だった。

 学校に斧?
 いや、そんなことよりも前に、なんで夏美は斧なんて持ってるんだよ。そんなもん、ココでは使いようがないだろ

 俺は現実逃避するように、乾いた笑い声を上げた。

 しかし目の前の現実は何とも残酷だ。夏美の持つその斧にはべっとりとした血が付いており、ややどす黒い血がグラウンドに道を作っている。

 一体何がどうなってるんだ。あー、きっとコレは夢だな。そうだ夢だ。
 俺はきっと終業式の最中に寝ちまったんだな。

 だからそう、こんな状況なのに、血にまみれた斧を持つ夏美を、生き生きとしていて美しいと思えてしまうのだろう。
 そんな風に、現実から俺は目を背けようとした。

 しかしその美しい現実は、一歩また一歩と近づいてくる。

「夏美……」
「ふふふ。みんな、みーつけたぁ!」

 無邪気な笑み。こんなにも生き生きとした姿を見るのは初めて見た気がする。俺はずっと秘かに、夏美に片思いをしていた。
 しかし彼女はあの日の事故を境に、全て変わってしまった。

 いや、そうか……彼女が変えたのではなく、彼女は変わらなければ生きていけなかった。
 それこそは、周りの者たちの罪。だから今こうして、彼女自身がそれを裁いているのかもしれない。

「きゃーーーーー」

 誰かが叫び声を上げた。そしてその声に呼応するように、ある者は逃げ、ある者はその場に尻餅をつく。そして俺はただ動けずに、彼女をじっと見つめていた。

 夏美は尻もちをついた子の前で本当に嬉しそうな顔をした後、一人の少女にそのまま斧を振り下ろした。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「やだぁぁぁあ」
「誰か、誰か助けて!」

 振り下ろされた斧は頭を割るまではいかずとも、大きな傷を作り、べっとりとした血があふれ出す。近くにいた者はその血を浴び、恐怖から声すら上げることは出来ない。

 そして夏美は相手の死などどうでもいいと言わんばかりに、次々に斧を振り回していった。