葬儀から数日後、夏美の意識が戻ったと担任を通して教えられた。ただ事故の後遺症のせいで、しばらく学校にはこれなさそうだという。

 後遺症などではなく、自分がすでに死んだことにされているという現実に錯乱しているのではないか。俺にはどうしても、そう思えた。

 あの時、俺はどうするべきだったのだろうか。
 無言の圧力をかけられても、馬鹿にされても……死んだのは夏美で、今入院しているのは千夏だと言うべきだったのではないか。

 もし、などもう有り得もしないのに、どうしても後悔だけが募っていった。

 そこから数ヶ月。季節は冬を迎えた。

 それはとても乾燥した冬の日。
 白く降り積もっていた雪がかき消されるほど、辺り一面を炎が覆い尽くしていた。

 立ち上がる煙と、何かが燃える異様な匂い。静かだった冬の空間は、燃え上がる炎の音で埋め尽くされる。

 下の町から到着した消防車や野次馬たちが辺り一帯を埋め尽くしていたが、その中でひと際一人の少女が輝いて見えた。

 千夏……あの後退院してきたって聞いたけど……。

 体は最後に見たあの日より、線が細くなった気がする。
 (はかな)げで、今にも消えてしまいそうな千夏に近づこうとした俺は、彼女の表情を見て固まってしまった。

 こんな状況。しかも燃えているのは、彼女の家だというのに。彼女のその横顔は、嬉しさを堪えているようにさえ思えた。

 どうしてこんな時にあんな顔が出来るんだ?

 もちろんその疑問に答えられる者など誰もいない。
 だからこそ俺は、ついその名を口にしてしまっていた。

「夏美?」
「……山口君も……なの?」
「え? それはどういう……」

 名前を呼んだ瞬間、その同級生である夏美の顔は一変した。
 真顔というよりも、憎しみがこもったような、そんな表情。
 分かってはいたが、どうやら俺は選択を間違えたらしい。

 しかしそんな顔も一瞬。
 俺の問いかけには何も答えず、夏美はただ形の良い唇を上げた。

 その笑みは、今まで見たどんな笑みよりも綺麗だと思えたのに、こんな状況で笑みを浮かべる彼女に、俺は背筋が寒くなったのを覚えている。

 俺は本当は知っていた。彼女が誰なのか。
 それなのに、罪の意識からあえて彼女の名前を間違えたのだ。

 だけど今思えばそれが全ての始まりであり、彼女が彼女ではなくなった原因なのかもしれない。

 だからそう。俺はそれに加担をした一人となった。
 彼女の名前を読んだ瞬間……いや、もしかしたらもっと前から。
 
 そしてその報いは、皆に平等に降り注いだ。