【一】

「これは他言無用、絶対に秘密ですわ」
 悲鳴が聞こえた。
 それは、一人ではない。数え切れないほどの恐怖が、声となり、耳に届いたのだ。
「今の声は、なんだ」
「あら、気付いているくせに」
 体育館には、オレ達を除く男子生徒が集められていたはずだ。つまり、悲鳴の主は彼等ということになる。
「あの方々は、脱落者となった。ただそれだけのことですわ。御理解いただけたかしら、呉森くん」
 彼女は、オレの名を呼んだ。
「……成乃宮、お前は何をするつもりだ」
「それを説明する為に、貴方がたをお連れしたの。思い出させてくれて、感謝するわ」
 成乃宮は、彼等の悲鳴を背に浴びて、身悶えしていた。
 その姿は、狂気的にも思える。
 だが、たとえそれが常識的に考えて異常な行為であり、思考回路に危険性を見い出していたとしても、成乃宮の行動に歯止めが効くことはない。
 その証拠に、成乃宮の手には刃物が握られている。ただそれだけのことで、事態は把握可能となる。
「あら、これが気になるの? ……ふふっ、そんなにビクつかなくても、貴方の首を掻っ切る為に使うような代物ではないわ」
 だから安心しなさい、と微笑んだ。
 それは、果物を剥く為のナイフだ。
 成乃宮が何故、果物ナイフを手にしているのか、それは言わずもがな。ゲームから脱落した者を、文字通り脱落者とする為に必要な道具だからだ。
「人殺しって、簡単でしょ?」
 これは、成乃宮が口にした言葉だ。
 その言葉は、既に効果的な意味を持っていた。
「今更、そんなことを言われても信用できないな」
「私のことが、信用できないですって?」
 オレの言葉に、成乃宮は信じられないとでも言いたげな様子だ。しかし、右手に握られた果物ナイフは、赤い滴を垂らしている。それは、首を掻っ切ることも容易だと言わんばかりの主張をしていた。
「こいつを殺したのは、お前だ。それだけで、お前が信用するに値しないことは、此処にいる全員が思っているはずだ。それぐらい、初めから分かっているんだろ」
「勿論、ですわ」
 くくっ、と喉を鳴らす。
 成乃宮は、果物ナイフにこびり付いた赤を舐め回した。
「これは、あくまでデモンストレーション……。脱落した者が、どのような仕打ちを受けるのか、それを知っていただく為に必要な行為ですの。それ以上でもそれ以下でもありませんから、不安は掻き消して構いませんわ」
 此処は、学校の教室だ。
 室内には、男女合わせて八名が、いた。
 今は、一名が減り、七名となっている。
「さあ、ルールは説明した通りですわ。私が用意したダイスに運命を託し、勝者となること。宜しいですか?」
 成乃宮の心情を言い表すのであれば、今はまだ、という言葉を付け加えるべきだろう。それでようやく、成乃宮の言葉が完成する。
「勝者となったあかつきには、私が嫁となって差し上げます。……ええ、たとえ今現在、貴方がたにお付き合いしている女性の方がいらっしゃるとしても、そんなことは関係ございませんわ」
 如何なる場合も、勝者の特権は受理される。
 それが、このゲームの恐いところだ。
「私を嫁とする為だけに、このゲームに参加する度胸はお持ちかしら?」
「持っていなくても、脱落者になるだけだろ」
「よく、ご存じで」
 その通りですわ、と成乃宮が笑みを浮かべた。
 これは、抜けることの許されない、デスゲームだ。
「さあ、ゲームを始めても宜しいかしら」
 何故、このような事態に巻き込まれてしまったのか。
 こんなことになるのなら、今日は学校を休むべきだった。しかし、その行為が成乃宮の機嫌を損ねることは容易に想像がつく。だから、これは予め避けることのできない事態だったというわけだ。
「必ず、生き残ってやる。……だが」
 オレは、成乃宮の顔を見た。
 成乃宮は、悪に満ちた笑みを浮かべて、小首を傾げる。
「お前の言うとおりにはならない」
 オレには、付き合って五か月の彼女がいる。
 だから、このゲームの勝者になれたとしても、成乃宮をオレの嫁にすることはできない。するつもりがない。
「呉森くん、減らず口は、勝者になってから言うのね」
 口角を上げ、成乃宮は不敵に返事をしてみせた。
 今はまだ、成乃宮が上の立場だ。
 だが、ゲームが終わった時、それがお前の終わりだ。
「ダイスを寄こせ」
「はい、どうぞ」
 机の上には、小さなダイスが一つ。
 成乃宮は、それを手に取り、オレへと渡す。
 そして、オレは自らの運命をダイスロールに託した。

【二】

 男子生徒が教室を移動する時、その中に一人だけ女子生徒が混ざっていた。そいつは、他の女子生徒を教室に残し、男子生徒と共に、体育館に来ていた。
「この中から、私の婚約者を決めたいと思います」
 舞台の上に姿を現したのは、同じクラスの成乃宮だ。
「生涯、私を愛し、伴侶とする御覚悟を持つ御方、私を嫁としたい殿方は、この場に御残りになって」
 彼女は、成乃宮財閥の一人娘だった。何不自由なく育てられたのか、口調には棘があり、他者を見下す素振りが多々見られる。それが成乃宮の特徴の一つだ。
 だが、そんなものはマイナス要素には入らない。肩書きだけを見ても、欲しい物の全てが手に入るであろう日常を過ごしていくことは約束されているが、成乃宮の場合、そこに美が付け加えられる。
 成乃宮と結婚を前提に付き合うことができるとなれば、それは世の男性にとって、喉から手が出るほどの好条件と言えるのは間違いない。
 問題となるのは、その条件だ。
「彼女がいる奴は、参加できねえな」
 隣に立ち、成乃宮の話を聞いていたのは、同じクラスの小林だ。こいつとは小学校からの付き合いで、今では何でも話し合える仲だ。
「釘を刺してんのか? 言われなくてもオレは残るつもりはねえよ」
 小林の言葉に、すぐさま反論してみせる。
 それも当然、オレには彼女がいた。
「んじゃあ、俺も戻るか」
「小林、お前は参加しなくてもいいのか?」
 オレは、小林に彼女がいないことを知っている。だから、成乃宮の戯言に耳を傾けることも有りだと思っていた。だが、小林は首を振る。
「アレを彼女にするって? 冗談は止してくれ」
「……ごもっとも」
 利点は多いが、その反面、底が見えない。成乃宮の御機嫌取りに自信のある奴だけが、この場に残ればいい。
 ほとんどの男子生徒が体育館に残る中、オレと小林は、外へと出る。
「意外だな、お前が此処にいるのは」
 体育館の外には、三人の姿があった。
 一人は、天ヶ崎。こいつは学年一の頭脳の持ち主で、一日一度、学年を問わず、女子生徒に告白されている。
 勿論、それは噂でしかない。と言うことはつまり、本当はもっと多くの女子生徒に告白されているかもしれないわけだ。頭が良くて、オマケに顔もカッコいい。欠点が見当たらないのだから当然か。
「呉森、僕にとってこれは意外な決断ではないさ。何故なら、僕は特定の女性を愛することは、他の女性を苦しめる結果になると理解しているからね」
「ほざけ、色恋野郎が」
 天ヶ崎の台詞に、小林が噛み付く。
 以前、とある女子生徒に小林は好意を寄せていたのだが、その女子生徒は小林の想いに気付かずに、天ヶ崎に告白していた。結果は、言わなくても分かるだろう。
「おいおい、そんなに怒ってんじゃねえよ、てめえみたいに平凡な奴が俺様と天ヶ崎に勝てると思ってんのか」
「高木、お前とは話してねえよ」
 天ヶ崎の隣には、高木と疋田がいた。
 高木は、声がでかいのが取り柄の暴力バカだ。苛めをするのが日課なのか、疋田をからかってはゲラゲラ笑う姿を見ることが何度かあった。
 こいつが体育館に残らなかったのは、天ヶ崎に張り合う気持ちが大半を占めているに違いない。
 一方の疋田は、高木の苛めを受けて、引きこもり体質になっていた。出席すること自体が珍しい。
「小林、他にもいるぞ」
 体育館の入口に目を向けると、オレと小林の後に続くように、男子生徒が二人出てきた。
「……ああ、宅杉コンビか」
 出てきたのは、声優オタクの宅杉だ。もう一人は、名前すら覚えていない。
 その後、少し待ってみたが、姿を見せる奴はいなかった。此処にいる七名を除いた全ての男子生徒が、成乃宮の戯言に付き合うらしい。
「あら、七名も。もっと少ないかと思っていたのに」
 と、声が聞こえた。
 振り向くと、そこに成乃宮が立っていた。
「なんで、お前が此処にいるんだ。体育館に残った連中の相手をしなくてもいいのか」
 問い掛けると、成乃宮は肩を竦める。
「貴方がたは、私の誘いに靡かなかった。その心に、胸がぞくりと致しましたわ」
 言葉の意味を理解するのに、オレは時間を要した。
 その僅かな間に、宅杉の連れが動く。
「ぼ、ぼくには分かってる。成乃宮ちゃんは、あっちに残った間抜けなんかじゃなくて、こっちの七人に、心を奪われたんだよね?」
「その通りですわ。……でも、」
 成乃宮が、そいつを中心に弧を描く。
「――かひゅっ」
 血が、飛び散る。
 宅杉の連れの首が、地面に転がった。
「まだ、ゲームは終わっていませんし、そもそも始まっていませんの。ですから、私に触れることは何人たりとも許されませんわ」
 人が、呆気なく死んだ。
 目の前の現実に、オレ達は動揺する。腰が抜けたのか、宅杉はその場にへたり込んでいた。
「体育館に残られた殿方には興味が御座いません。だから、それと同じようになっていただきますわ」
 それ、とは、宅杉の連れのことだ。
 体育館の中には、オレ達を除く男子生徒が集まっている。彼等は、成乃宮の戯言を信じ、そして騙される。
「ひっ、人殺し……ッ」
 小林が、震えた声を上げる。
 すると、成乃宮は眉根を寄せた。
「心外ね。私は、ゴミを処分しただけですが? ゴミは人ではない。そんなことも分からないのかしら」
 これ以上、此処で立ち話をするつもりはないのだろう。
 成乃宮は、校舎へと歩き始める。
「だ、誰か手を貸してくれ」
 腰の抜けた宅杉は、疋田の肩を借りた。おぼつかない足取りながら、必死に成乃宮の背中を追いかける。
 そして、オレ達六名は、成乃宮に案内されるがまま、教室へと入った。

【三】

 成乃宮が提案したのは、ダイスを使ったゲームだ。
「このゲーム、名前を《道連れダイス》と言いますの」
 くつくつと笑い、手の平の上でダイスを転がす。
 成乃宮が考えた《道連れダイス》のルールは、至って単純だ。要するに、大きな出目を出し続けていれば、負けることはない。運の要素が大半を占めるゲームだ。
「ほら、順番を御決めなさい。それが貴方がたの運命を左右することになりますわ」
 オレは、成乃宮からダイスを受け取った。
 ダイスに視線を向け、小さく息を吐く。
「恐いのかい? じゃあ、僕が一番手を」
 天ヶ崎が、オレの手からダイスを奪い取る。そして、ダイスを手に握り、それをゆっくりと机の上に落とす。
「五、だね」
 結果、天ヶ崎の出目は五だった。
 その後、順番にダイスを振っていく。
 小林の出目が天ヶ崎と被ったが、二人揃って振り直し、順番では小林が先を行くことになった。
 ダイスを振るのは、高木、小林、天ヶ崎、宅杉、オレ、そして疋田の順番になった。
 オレの順番は、六名の中、五番目だ。ダイスを振る順番としては遅いが、これが吉と出るか凶と出るか。
「では、高木くん。ダイスを振って頂戴」
「おう、任せな」
 遂に、《道連れダイス》が始まる。
 高木は、成乃宮からダイスを受け取った。
「六出ろ、六出ろ……、そりゃっ」
 机の上に、ダイスが転がる。
 出目は、三。
「くそっ、六出ねえっ」
「退け、次は俺の番だ」
 悔しがる高木をよそに、小林がダイスを振る。
「ヨシッ、五が出た!」
 小林が出した目は、五だった。
 高木よりも大きな出目で、一安心と言ったところか。
 そして、意外と言うべきか、いやそれとも運が味方しなかったと嘆くべきなのだろうか。
 天ヶ崎が、ダイスを振る。そして、出た目は一。
 最も低い数字に、周囲の空気が固まった。
「うははっ、天ヶ崎! お前死んだな!」
 天ヶ崎の出目を見て、高木が嬉しそうに声を上げる。
「……さあ、それはどうかな」
 しかし、天ヶ崎は動じない。圧倒的不利に立たされたにも関わらず、これが大したことではない、と言わんばかりの表情だ。
「ぼ、ぼくの番だ」
 四人目は、宅杉だ。
 震える手を、もう片方の手で押さえつける。
 だが、もう片方の手も震えているので、意味がない。
「あぅ」
 宅杉の意思とは関係なく、手からダイスがこぼれ落ちてしまった。
 結果、三。
 高木と出目が被った。
「て、てめえ! ふざけんじゃねえぞ!」
 慌てたのは、高木だ。
 出目が被った場合、強制的に脱落者となるのだから、無理はない。しかし、これは意図して同じ数字を出したわけではない。宅杉に罪は無いのだ。
「高木、裁量ターンがあるだろ」
「……ちっ、うっせえな」
 そう、このゲームには、救いが残されている。
 それは、裁量ターンだ。
「ダイスを振る前に、成乃宮に聞きたいことがある」
 出目が被ったとしても、裁量ターンで変更することが可能なのだ。それこそが、このゲームがただの運任せではないことを示している。
「何かしら、呉森くん」
「このゲームから脱落した場合、死を免れる方法は?」
 この問い掛けに、他の五名の視線が成乃宮へと向けられる。だが、期待を込めた眼差しは、いとも容易く粉々に砕かれてしまう。
「ふふっ、無いに決まってるでしょう? それを捻じ曲げてしまえば、恐怖を糧に必死になる姿を見ることができなくなるわ」
「もういい、十分だ」
 これ以上、聞くことは無い。
 不安を生み出すことで、他の奴らの意識が変わったのは確かだ。脱落者になったとしても、生き残ることができるかもしれない。そのような淡い期待を抱くことは無くなった。オレが持つ、勝ちへの意識が高まると同時に、敵を増やしたことも事実だ。
 だが、負けるわけにはいかない。
 オレは、ダイスを振った。
「……四、か」
 出目は、四。
 悪い数字ではない。むしろ、良いと言えるだろう。
 誰とも被らず、更には上位の数字を出すことができた。
「疋田、次はお前の番だ」
「……う、うん」
 オレは、疋田にダイスを渡した。
 疋田は、恐る恐るといった感じで、ダイスを転がす。
「くそっ、疋田め、運が良い奴だ」
 疋田の出目は、六だった。
 高木が愚痴る。
 一方、疋田は安堵の笑みを浮かべた。
「運が良いのか、それは次で分かることさ」
 そして、天ヶ崎が口の端を緩める。
「さあ、一ターン目が終了致しました。続きまして、裁量ターンへと入りますの」
 成乃宮の合図に、皆の視線が高木へと移った。
 高木は、宅杉と出目が被っている。次のターンを迎える為には、出目の変更が必要不可欠だ。
「残った数字は一つしかねえ、……俺様は二に変更だ」
 一ターン目終了時、高木が三、小林が五、天ヶ崎が一、宅杉が三、オレが四、そして疋田が六を出した。
 高木は、他の誰とも数字の被らない二を選択する。
「高木くん。本当に、それで宜しいの?」
「ああん? 当たり前だろ、バカかてめえは」
 成乃宮の言葉に、高木が噛み付く。
 だが、成乃宮が怯えることはない。
「では、次は小林くん」
「俺は変更しない。出目は五だからな」
 裁量ターンは、高木から小林へと移された。
 しかし、小林は出目の変更をしない。それもそのはず、小林の出目は、疋田の次に大きい数字なのだ。変更するはずがない。
「次は、天ヶ崎くん。さあ、どうするのかしら?」
 続いて、天ヶ崎へと移される。
 すると、天ヶ崎は一息、成乃宮へと語り掛けた。
「キミは悪い性格の持ち主だ。こんなにも酷いゲームを思いつくのだから、心の中はどす黒いに違いない」
「……さあ、それはどうかしら。天ヶ崎くんの考えが間違っている可能性も否定できないけど?」
「いや、僕の導き出した答えに間違いはない」
 二人の会話を理解できた者は、いなかった。
 天ヶ崎が何を言いたかったのか。
 その答えは、すぐに分かることとなる。
「裁量ターン、僕は出目を変更するよ」
「ッ、なんだと?」
 いち早く反応したのは、高木だ。
 出目が一の天ヶ崎は、そのままでは不利になる。けれども、出目を変更した場合、他の奴と出目が被って脱落することになる。
「てめえ、他の奴を道連れに死ぬつもりか!」
 道連れ、その言葉が教室に響いた。
 そう、このゲームの名は《道連れダイス》だ。
 出目を変更することで、他の誰かを道連れに脱落することも不可能ではない。
 そのことに、今ようやく気付かされた。
「死なないさ、僕はこの中で最も頭が良いからね」
 だが、天ヶ崎は、このゲームの恐怖を理解していた。
「僕は、出目を一から六に変更する」
「六ってことは、疋田が出した数字か……」
 小林が、疋田へと視線を移す。
「……ぼ、ぼくは、どうすれば……っ」
 困り果てたのは、疋田だ。
 六の目が天ヶ崎と被り、このままでは脱落者となる。
「簡単なことだよ、疋田君。出目を六以外に変えればいい、ただそれだけのことさ」
 天ヶ崎は、成乃宮のそれと同じように、疋田を見下す。
 その行為が、このゲームの理解者たる所以か。
 元々、二人の数字は被っていなかった。だが、先に仕掛けた天ヶ崎は、出目を一から六に変更する。
 これにより、後手に回った疋田は、脱落しない為に、出目を六から一に変更せざるを得ない状況となった。
「……天ヶ崎、本当にそれでいいんだな」
 そこに、オレが声を掛ける。
「当り前だろう、呉森? キミが僕の立場でも、同じことをしたはずだ」
 弱者を蹴落とさなければ、勝者にはなれない。
 だが、天ヶ崎は一つ、大きな間違いを犯した。
「宅杉くん、貴方の番よ」
「ぼくは、そのままだ」
 成乃宮に促され、宅杉が口を開いた。
 宅杉は、出目を変更しない。三のままだ。
「ちっ、俺様に感謝するんだな」
 出目を、三から二に変更したのは、高木だ。
 一つ小さな数字に変えてしまった高木は、宅杉に睨みを利かせた。
「じゃあ、次は呉森くん。貴方はどうするのかしら」
「変えない。オレの出目は四でいい」
 数字としては、悪くない。
 それよりも、次のターンに向けて、準備をしなければならない。それこそが、最も重要なことだ。
「最後は、疋田くん。……さあ、何に変えるの?」
 成乃宮の問いに、出目を変えない道は無かった。
「うぅ、……一、に」
「かかかっ、疋田! お前の死は間違いねえぜ!」
 疋田は、残された数字に出目を変更するしかなかった。
 その数字は、一。結果的に、天ヶ崎と疋田は、数字を入れ替える形となった。
「一ターン目の裁量ターンを終えて、一位は天ヶ崎くんね。次いで、小林くん、呉森くん、宅杉くん、高木くん、脱落に一番近いのが疋田くんってこと」
 成乃宮は、一ターン目の最終結果を口にする。
 だが、そこにもう一つの要素を入れていなかった。
「ほら、二ターン目を始めましょう?」
 隠しているわけではない。しかし、少なくとも高木は気付いていないはずだ。
「二ターン目は、僕が一番だね」
 天ヶ崎は、一ターン目に六を確定させた。
 それ故、二ターン目において、初手の権利を得た。
「キミ達凡人は気付いていないみたいだから教えてあげるけど、このゲームでは、一ターン目に六を取ることが大事だったのさ」
 そう言って、天ヶ崎はダイスを振った。
 出た目は、三。微妙な数字だが、一ターン目の六と合わせた数字は、九だ。脱落することはなくなった。
「一ターン目に六を取れば、次も初手を取れる」
 初手を取れば、数字を操りやすくなる。
 天ヶ崎は、得意げに語った。
「天ヶ崎、てめえの想像通りにはならねえからな」
 机の上に転がったダイスを、小林が手に取る。
 念じたりすることもなく、すぐに放り投げた。
「……よし、四だ」
 小林の出目は、四。これで天ヶ崎と並んだ。
「呉森、お前も大きい数字を出してやれ」
「ああ、分かってる」
 ダイスを受け取り、息を吐く。
 そっと、ダイスを転がした。
「ふふっ、呉森くんの出目は二ね」
 成乃宮は、笑うのを我慢していた。
 オレが窮地に追い込まれたのが、そんなに楽しいのか。
「まだ、分からないさ。オレは裁量ターンを待つ」
「悪足掻きは止せっての、てめえが出しちまった数字は低いんだよ、呉森ッ!」
 高木が、オレをあざ笑う。
 だが、勘違いしないでほしい。
「……高木、少なくともオレは、このターンで脱落することはない。むしろ、最も脱落し得る存在は、お前だと考えている」
「んだと、てめえっ」
 高木の怒りがオレに向けられるが、一ターン目が終了した時点で、こいつには未来がないことは気付いている。
 このゲームにおいて、数字の大小は差ほど気にならない。何故ならば、本当に気を付けなければならないのは、裁量ターンだからだ。
 それが理解できなければ、このゲームは生き残れない。
「宅杉くんの番よ、ダイスを振って」
「分かった……」
 宅杉は、頬を真っ赤に染めたまま、ダイスを振る。
 出目は、四だ。
「うっしゃあ、俺様の番だぜ!」
 宅杉を押し退けて、高木がテーブルの前に立つ。
 そして、力強く腕を回して、ダイスを投げ捨てた。
「……う、ああっ」
 結果、一。
 高木の出した目は、一だった。
「高木、お前は終わりだ」
「くっ、まだだ! まだ俺様には裁量ターンが残されてんだよ! そこで出目を変えて……」
「それは無理よ、高木くん」
 口を挟んだのは、成乃宮だ。
 詰まらなそうに、溜息を吐く。その仕草は、とても残念そうに思えた。
「高木くん、貴方の裁量ターンは既に終わっているの」
「どういうことだ、ちゃんと教えろよ!」
 その言葉の意味に、高木は未だ気付かない。
 やれやれといった感じで、成乃宮は腰に手を置いた。
「裁量ターンで出目を変更した者は、次の裁量ターンにおいて、出目を変更することはできない。これは成乃宮が説明したことだ。……高木、話をしっかりと聞いておくべきだったな」
 オレが、補足を入れる。
 最も、ルールを把握していたとしても、高木の運の無さを覆すことはできなかっただろう。
 唯一、高木が助かる見込みがあったのは、一ターン目が終了した時だ。
 あの時、高木の出目は三だった。そして、それを二に変えた。もし、それを六に変えていたとすれば、天ヶ崎の余裕は消えていただろう。
「貴方、頭も悪ければ運も無いのね。ゴミ以下」
「なっ、……ふざけたこと言いやがって!」
 高木は、拳を握り締めるが、ギリギリのところで手を出すのを堪えた。とはいえ、現状では脱落候補最有力だ。
「さあ、最後は疋田くんの番よ」
「疋田」
 オレは、疋田の名を呼んだ。
「お前の一振りで、勝負が決まる。勝ちたいのなら、運を味方に付けろ。勝ちを掴み取れ」
「……い、行くよ」
 疋田は、震えながらも頷いた。
 そして、ダイスを手に、テーブルの上へと転がす。
「疋田くんの出目は……」
 六。それが、疋田の出した目だ。
「二回連続で六を出しやがった……」
 興奮気味の小林が、オレの肩を叩く。
 一方の疋田は、鼻水を垂らしながらも、嬉しそうに嗚咽を漏らす。
「成乃宮、裁量ターンに移行しろ」
「言われなくても」
 二度目の裁量ターンが始まった。
 先ずは、天ヶ崎。
 天ヶ崎は、一ターン目の裁量ターンにおいて、出目の変更権を使用している。天ヶ崎の出目は、三のままだ。
 続いて、小林だ。
 小林は、変更権を行使していないが、二ターン目の出目は、四だった。宅杉と被っているが、小林は先に仕掛けることができる。そして、宅杉は出目の変更権を使用していない。それら全てを考慮した上で、小林は出目を変更することなく、結果を待つ。
 そして、オレの番が回ってきた。
「呉森くん、貴方は当然変えてくれるはず」
「その方が盛り上がる、とでも言いたいんだろ」
「心を読むのがお上手ね」
 成乃宮の挑発に乗るつもりはないが、戦いが長引いた時の為に、ここは大きな数字を選択すべきだ。
「オレは、出目を二から五に変更する」
 六を選択することはできない。
 何故ならば、六は疋田の出目だからだ。
 疋田は、一ターン目の裁量ターンで、変更権を行使済みだ。つまり、この場でオレが出目を六に変更した場合、出目の変更権を持たない疋田と数字が被ることになり、二人仲良く脱落者となる。
 それを避ける為に、オレは五を選択した。
「次は宅杉、お前だ」
「ぼくは、四から二に変える」
 空いた数字は、二のみ。
 宅杉に選択権は残されていなかった。
「高木くんと疋田くんは変更権を行使済み、だから裁量ターンはこれで御終いってことね」
「ちょ、ちょっと待て! いや、待ってくれ! このままだと俺様は不味いことになるんじゃないのかっ」
「不味いも何も、その通りですわ。それが何か?」
 救いの手は、誰にも差し伸べない。
 それが、成乃宮の流儀か。
「さあ、二ターン目の裁量ターンが終わりましたの。これから、順位を発表致しますわ」
 発表された順位が最下位の者は、即ち、脱落者となる。
「一位は、天ヶ崎くん。出目の合計は九」
 まず、一位は順当に、天ヶ崎が選ばれた。
「二位は、小林くん。こちらも出目の合計は九ね」
 天ヶ崎に続いて、小林が二位に入った。合計は同じだが、先手を取っていたのは天ヶ崎だ。それ故、暫定一位は天ヶ崎へと渡った。
「そして、呉森くん。貴方も同数で三位よ」
 オレは、裁量ターンで出目の変更をしていた。
 そのかいもあって、合計が九となり、天ヶ崎、小林と同数で並ぶことができた。
 問題は、下位の発表だ。
「四位は、疋田くん。貴方の合計は、七だったわ」
「よ、よかった……」
 ホッとしたのは、疋田だ。
 一ターン目終了時、最も脱落に近かった。
 だが、疋田は自らの手で道を切り開いたのだ。
「……五位は」
 高木と宅杉が、唾を呑む。
 だが、結果は明らかだ。
「宅杉くん。合計は五」
「やっ、やった!」
 成乃宮の台詞に、宅杉はガッツポーズで応えた。
 一方の高木は、尻餅を突く。力が抜けてしまったのだろう。だが、それも仕方のないことだ。
 高木は、最初の脱落者になった。
「最下位は、高木くん。貴方は本当に詰まらない結果に終わったわね。二度のチャンスがありながら、合計で三は有り得ないでしょう? ゴミクズには存在価値がないわ。今すぐ、此処から消えていただくから」
 成乃宮は、口を動かす隙を与えない。手に持った果物ナイフを、高木の頭部目掛けて投げ付けた。
「……あ、ががっ」
 ナイフの勢いで、高木は床に転がった。
 目は、開いたままだ。
「もう二度と、苛々させないで」
 死人に語り掛け、成乃宮は頬を膨らませる。
 少しずつ、高木の血が床に広がっていく。それを見て、天ヶ崎は鼻で笑う。
「頭が悪い奴は早死にする。彼が良い例だよ」
 先のデモンストレーションを見たのが原因か、天ヶ崎は慣れていた。
「ほら、三ターン目を始めようじゃないか」
 それどころか、ゲーム再開を急かしている。
「……お前、腐ってんな」
「それはどうもありがとう。だけどね、呉森」
 オレと向き合い、天ヶ崎は腕を組んだ。
「このゲームでは、たった一人しか生き残ることはできない。だとすれば、死への耐性を付けた方が利口だとは思わないかい?」
 何事にも動じない。
 そんな精神状態であれば、このゲームの勝者となることも不可能ではない。そう思っているのだろう。
 だが、天ヶ崎の考えは間違っている。
「天ヶ崎、予言してやる。次に脱落するのは、お前だ」
「……ふうん、キミにもユーモアのセンスがあったんだね。正直驚いたけど、……まあ、それは外れるさ」
 そして、ゲームは三ターン目へと突入する。

【四】

 三ターン目が始まった。
 高木の死に、天ヶ崎以外の奴らは動揺していた。
 だが、成乃宮にとって、それは想定の範囲内だ。
「結果が出たのだけれど、これは裁量ターンが楽しみ」
 三ターン目は、天ヶ崎が四、小林が一、オレが六、宅杉が四、疋田が五、以上の結果となった。
 だが、本当の勝負は次だ。
「裁量ターン、僕は五に変更するよ」
「ッ!? ……また、ぼくに……っ」
 天ヶ崎は、出目を五に変更する。
 これにより、出目は疋田と被ることとなった。
「何か言いたいことでもあるのかい? 死にたくなければ、他の数字に変えればいいだけの話さ」
 裁量ターンが始まり、天ヶ崎が仕掛けた。
 疋田の表情が曇るが、素知らぬ顔だ。
「俺は、三に変えるぜ」
 小林は、出目が一だった。
 このままでは、脱落の可能性が高い。それ故、このタイミングでの変更を余儀なくされた。
 変更可能な数字は、二と三のみ。
 だから、小林は三を選択した。
「オレは、出目の変更をしない」
「当然ね。だって呉森くんは、六。と言うより、前回の裁量ターンで変更権を行使しちゃったもの」
 悪戯っぽく笑い、視線をぶつけてくる。
 成乃宮にとって、オレは遊び道具の一つなのだろう。
「宅杉くんも、呉森くんと同じね」
「う、……うん」
 宅杉も、今回の裁量ターンでは変更することができない。それにより、宅杉は四のままだ。
 最後に、疋田の番だ。
「さあ、疋田くん。……貴方の番が、回ってきたの」
「……ぼくの、順番か」
 現在、疋田の出目は五で、天ヶ崎と被っている。
 四ターン目に進む為には、出目を変更する必要があった。但し、残された数字は一と二のみ。四ターン目に望みを繋いだとしても、生き残ることは難しい。
「ぼくは、」
 だからこそ、この展開が有り得た。
「……ぼくは、このままでいい」
 その言葉に、その台詞に、天ヶ崎の目が見開いた。
「え、……おい、キミは血迷ったのかい? 今、出目を変更しなければ、キミは死ぬことになるんだよ?」
「死ぬのは、ぼく一人じゃないよ」
 予期せぬ展開に、天ヶ崎の表情に余裕が無くなる。
 だが、それを見やり、疋田は笑った。
「天ヶ崎、あんたも道連れだ」
 これは、ただのゲームではない。
 他者を地獄へと引きずり込むことを許された、恐怖の《道連れダイス》ゲームなのだ。
「天ヶ崎、このゲームの名を忘れたか」
「……み、道連れ、……ダイス」
 その名の通り、疋田は天ヶ崎を道連れに死ぬつもりだ。
「そ、そんなバカなことがあってたまるか! 僕は此処にいる誰よりも完璧な人間だ! それがっ、こんな引きこもりの冴えない奴に足を掴まれるなんてことが、あっては! ならない! 絶対にならないんだ!」
 後が無くなった奴は、必死に言い訳を考える。
 今の天ヶ崎は、正にそれだ。
「天ヶ崎くん、お喋りは止して」
「くっ、……待て、僕を殺して、ただで済むとでも思っているのかっ」
「御免あそばせ、私はそんなことに興味を抱かないの」
「がふっ、……ッ」
 喉を、くり抜いた。
 穴が開き、大量の血が噴き出し始める。
「疋田くん、貴方は立派だったわ」
「……でも、死ぬんだよね?」
 逃げることを諦めたのか、疋田はゆっくりと目を閉じた。いや、それは違う。疋田の表情は、晴れやかだ。
「ええ、そう。……貴方は、貴方が嫌いな人が死に逝く姿を、二度も見ることができた。それだけで満足できたはず。違うかしら?」
「何も違わない。ぼくは、満足したよ」
 ニッコリと微笑み、疋田は口を閉じる。
 そして、成乃宮の手に掛かり、その場に倒れた。
「あっという間に、残り三人ですわ。誰が勝者になるのか、凄く楽しみ」
 三ターン目の裁量ターンが終了した。
 現在の順位だが、一位はオレだ。出目の合計は、十五になった。二位は小林で、合計が十二だ。そして、最下位が宅杉の九だった。
「それじゃあ、残る三人で、四ターン目を開始ね」
 成乃宮の声を背に、オレはダイスを握る。
 転がして、出た目は、三。
 微妙な数字だが、他の二人との差を考えてみれば、決して悪い数字ではない。
 重要なのは、小林が何を出すか。それだけだ。
「小林、三以上を出せ」
「……ああ、言われなくても分かってるさ」
 このターン、小林は三以上の数字を出す必要があった。
 何故ならば、小林は変更権を行使できず、逆に宅杉は行使可能な状態だからだ。
 もし、小林が二以下を出した場合、宅杉の出目が一だろうが、裁量ターンで六に変更し、合計で小林を上回ることができる。それだけは、防がなければならない。
「三分の二の確率で、俺は生き残る。簡単なことだ」
 自分自身に言い聞かせ、小林はダイスを手に取った。
 神様はいるのだろうか。
 仮に、いるとしたら、ここで三以上を出したのか。
「……あ」
 しかし、たとえ三以上が出たとしても、終わりに変化がない場合、それは単に過程を変えただけに過ぎない。
 だから、オレは安堵した。
 小林を脱落させるのが、オレではないことに、心から感謝し、同時に申し訳なく思った。
「小林くん、貴方も運が無いのね」
 ガッカリしたのは、成乃宮だ。
 親友同士の一騎打ちを見られなくなり、唇を尖らせる。
 小林が出した目は、二。
 三分の二の確率に負けたのだ。
「さあ、最後は宅杉くんね」
 言われるがまま、宅杉がダイスを振る。
 出目は、一。
 しかし、裁量ターンへと移行する。オレと小林は、出目の変更をしなかったが、宅杉は変更権を行使した。
 結果、一が六に化けた。
「なあ、呉森」
 最終結果は、僅差で小林が最下位となった。
 オレが十八、小林が十四、宅杉が十五だ。
「なんだ、小林」
 逃げ場のない小林は、唇を震わせながら、拳を握り締める。そして、力なく、オレの胸にぶつけた。
「生き残れよ」
 その台詞を言い残し、小林の目が潰れる。眼球を抉り取る為に、成乃宮がナイフを突き立てたのだ。
 一瞬、小林の悲鳴が聞こえたが、それもすぐに治まった。今までのように、喉をくり抜かれたのだ。
「あら、人間の目って意外とでかいのね。お二人は存知してたかしら?」
 そうなる覚悟を持て、と言っているのだろう。
 くすくすと笑いを零し、成乃宮はダイスを握る。
「残り二ターン以内に勝者が決まりますわ。どちらが私の婚約者に相応しいか、見極めさせていただきますから、最後まで、……いえ、最期まで私を楽しませて頂戴ね」
 狂気は、もう間もなく終わりを迎える。
 生き残る術は、既に得た。

【五】

 五ターン目、オレと宅杉はダイスを振った。
 オレが出した目は、二。一方、宅杉の出目は四だった。
「裁量ターンだけれど、呉森くんはどうするの?」
「六に変更だ」
 裁量ターン、オレは迷わず出目の変更を申し出る。
 二から、六へ。
 宅杉は、前回の裁量ターンで変更権を行使した。このターンは、使用不可だ。
「五ターン目が終了、これで呉森くんの合計が二十四、宅杉くんの合計が十九になったのね」
 五ターン目終了時の結果に、成乃宮は肩を落とす。
 それもそのはず、六ターン目に移行しようがするまいが、オレの勝ちが確定したからだ。
 現在、オレの合計は二十四、この状態で一を出した場合、出目の合計は二十五だ。
 一方、宅杉の合計は十九、これに六を加えたとしても、二十五にしかならない。
「呉森くん、今の気持ちはどうかしら?」
「言っておくが、オレはお前と付き合うつもりは無いし、結婚するつもりも無い」
 オレには、彼女がいる。理由は、それだけで十分だ。
「……そう、呉森くんは、そういう考えなのね」
「いいから、ダイスを寄こせ。最後のターンだ」
 オレは、成乃宮の手からダイスを奪う。そして、机の上に転がした。
 出目は、六。
「……宅杉くん。どうぞ?」
 成乃宮の言葉に、宅杉が反応する。
 ダイスを握り、間を置かずに手の平を広げた。
「宅杉くんの出した目は、一ね」
 もはや、数字に意味は無い。
「続いて裁量ターンなのだけれども、呉森くんは変更権が無かったわ。それじゃあ、宅杉くんはどうするの?」
 このゲームが終わった時、オレは教室を飛び出して、彼女の許へ向かうつもりだ。とにかく今は、彼女に会って抱きしめたい。
「六」
 小林に言われた通り、生き残ることに成功した。
 そして、彼女と一緒に幸せになってみせる。
「……え?」
 今、宅杉の声が聞こえた。
 その声は、言ってはならない数字を口にしていた。
「ぼくは、六に変更する」
「六に……変更、だと……!?」
 宅杉が、出目を六に変更した。
 その意味が理解できないほど、オレは間抜けではない。
「くふっ、……呉森くん、貴方バカね」
 あざ笑うのは、成乃宮だ。
「勝ちが決まったですって? 何を呑気なことを口にしているのやら。四ターン目の貴方は、裁量ターンにおいて、絶対に出目の変更をしてはならなかった。けれども総合点を上げることに囚われ過ぎていたわ」
 それとも、宅杉が出目を変更しない、と安易に考えていたのか、と成乃宮は付け加える。
「呉森、ぼくが人を殺せないとでも思ったか?」
「……宅杉」
「これは、《道連れゲーム》だ。ぼくが呉森を道連れにする勇気がない、そう思っていたんだろう?」
 でも、それは違った。
 宅杉には、死を迎え撃つ勇気があった。
「このゲームの本当の勝者は、疋田くん。彼は高木くんと天ヶ崎くんを殺すことに成功したわ。……そして、時点が宅杉くんね」
 このゲームでは、最終的に一対一の勝負となった時、圧倒的な差が付いていなければ、道連れにすることができる。だからこそ、成乃宮は、このゲームを《道連れダイス》と名付けた。
「実を言うとね、呉森くん。私ってアニメの声優をしたことがあるの」
「何を、急に……」
 いや、急ではない。
 オレは、すぐに気が付いた。
「……ふふ、そうよ。宅杉くんは、私のファン。もし、このゲームで一対一となり、負けが確定した場合、他の誰かに私を奪われない為に、他者を道連れにする勇気を手にしていたの」
 そこに気付かなかったのは、最大の敵は天ヶ崎だと思い込んでいたからだ。
 同数で並ぶ可能性がある状態で、宅杉と一対一になった時点で、オレの勝ちは無くなっていたのだ。
「ゲームは、二人揃って脱落よ。心の準備は宜しいかしら、呉森くん」
「ま、……待て、そもそも何故、お前は……こんなゲームを始めようと考えたんだ」
「単純よ」
 時間稼ぎのつもりだった。
 しかし、成乃宮に小細工は通用しない。
「人が死ぬ姿が、好きだから」
「……ゴフッ」
 果物ナイフが、腹に突き刺さる。
 ぐりぐりと、抉り続け、内臓を引っ張り出す。
「呉森くん、私が言った台詞を覚えているかしら」
 内臓を千切られた。
 更に、もう一度、腹の中を掻き回す。
 痛みの感覚が麻痺を起こし、視界が霞み始める。
「人殺しって、簡単でしょ?」
 視界が、黒に染まっていく。
 そんな中、瞼の裏に、成乃宮の笑みが見えた。
 口元が、その台詞を呟く。
「ああ、ついでに教えてあげるけれど、女子生徒は先に処分したの。勿論、貴方の彼女もね?」
 もはや、絶叫することもできない。
 耳に残ったのは、成乃宮の声だけだ。
「全部、全部、私達だけの秘密よ」
 そして、オレは《道連れダイス》の道連れとなった。



(了)