「よく似合っている」
「は、はい……ありがとうございます」
「では行くか」
 そう言うとカイは、それ以上は名にも言わず、レアの手を引いてずんずん歩いて行く。
 大通りから離れて、路地へ入り、更に裏路地へ入り、どんどん人気の少ない方へと向かっている。
「あの……今度はどこへ?」
 そう尋ねても、答える声は返ってこない。
 通りの様子も様変わりして、うら寂しい……そして、どこか怪しげな空気が漂う場所に出た。人通りは相変わらず少なく、ちらほら見える人の様子も、なんだか剣呑としていた。薄汚れていて、ボロを纏うその人たちの目は、レアが見てきた領民達とは違って、飢えた獣と似た眼光を放っている。
 ここは、おそらく話に聞いた貧民街だ。職も住む場所もなくした人々が行き着く場所……そう、聞いている。
「怖いか」
 耳元で、そう声がした。思わず頷き返すと、クスッと笑う声が聞こえてきた。
「まぁ、そうだろうな……俺から離れるなよ」
 繋いだ手に、ぐっと力が籠もる。
 通りにいる人々から見ると、自分たちの装いは明らかに華美だ。どう考えても、格好の餌食だろう。
 人々の視線からを掻い潜るように足早に歩くカイは、やがてとある建物の前で立ち止まった。それまでの並びからは一線を画す大きくゴテゴテした建物だ。
 入り口には二人の男が立ちはだかり、視線を送る人すべてに目を光らせている。
 そんな男たちに、カイは飄々とした様子で歩み寄った。
「何か用か。ここをどこか知っているのか」
「赤い百合の群生地だろう? 青いバラの花弁も一時混ざりたいんだが」
 そう告げた途端、男たちの顔色が変わった。そして、大きく頭を下げて……
「どうぞ、中へ」
 恭しく、カイを中へと促した。
 状況が飲み込めないレアに対して、カイは構わず進んでいく。自分たちが歩く間、扉が閉まるまで、男たちは頭を下げたまま微動だにしなかった。
 今になってようやく、自分は、何か恐ろしいところに来てしまったんじゃないだろうかと、気付いたのだった。