はっきりと『幸運が必要』と言い切ったカイに、レアよりも父が立ち上がった。
「幸運とは……それでは我が娘のことはどうでもいいと?」
「有り体に言えば、そうだ」
「そんな……!」
 ハイラ子爵は領地も小さく、資産もそう多くない。だからこそ王都の大貴族たちとの複雑な関係は気にせず、代々暢気に領地のことだけを考えてこられた。レアのことも、レア自身がいいと思う人と結婚させてやりたいと常々言われてきた。
 そこにこんな物言いをされては、もの申したくもなるのだろう。
「お断りいたします。娘には、もったいないご縁ですので……」
 王子相手に信じられないほど不躾な物言いをする父だったが、それほど、憤慨しているのがわかる。だがカイは少しも驚いたり、怯んだりしないのだった。
「もったいなくなどない。私には彼女が必要なんだ、ハイラ子爵。だからこそ、大切なご令嬢を頂く礼をさせて頂く」
 カイが後ろに控えていた従者に合図をすると、室外から別の従者が入室してきた。その腕には、金銀の細工が施された艶やかな箱を抱えている。
 箱を開くと、中は案の定……黄金の山だった。
「王国金貨1000枚……前金だ。俺の即位が決まったら、この2倍……いや10倍はお約束しよう」
 目の前にどんと置かれた金貨の山に、レアも父も唖然とした。
 王国金貨は、王国内で流通する最高額貨幣であり、日本円に換算すると一枚で約10万円。それが、1000枚。無事に国王になれれば、その10倍なので……
「王国金貨が、合わせて11000枚……」
「キリが悪いな。全部で20000枚といこうか」
「に、にまんまい……!!」
 領地では『祝福の手』を持つとされ、慕われるレアだが、自身の暮らしについてはそれほど裕福でもない。レアの右手の祝福は、他人に幸運を分け与えることしかできず、自身に幸運をもたらすものではない。
 よって、レア自身が幸運に恵まれたことはない。むしろ、気前よく幸運を分けてきた分、やや不運気味とも言える。
 だから幸運な領民を収める領主の館だというのに、この館はけっこうみすぼらしい。領民の感謝と厚意によって持ちこたえているような状態だ。
 これもすべて、最大の破滅を避けるためと思ってのことだったが、破滅どころか、これは最高の機会が巡ってきたのではないか。
 心躍る反面、なんだか怖い。何かの罠か、それとも女神よりのご褒美か。
 悲鳴にも近い声を上げるレアを、カイはニヤリと笑って見上げる。そして、優しく手を差し出すのだった。
「どうだろうか、レア嬢? この俺の『妻』に、なってはもらえまいか?」
 わかっている。これは契約だ。いつも領民に対してやっていることを、莫大な寄付金をもらうことと引き換えに行うということ。
 それに、ゲームの内容とは違う申し出……破滅を迎えるほかない物語とは違う道を辿れる。
 ならば、別に引き受けてもかまわないのでは……?
 そんな思いが胸の内に浮かんだ瞬間、レアは思わず差し出された手を握り返していた。
「よろしくお願いいたします」