恋はデスゲームの後で

「アラヤ? 建国の祖の一人であられるアラヤ公爵の家系……ですよね?」
 カイは小さく頷いた。
「初代国王の弟君であり、建国の際に命を賭して諸外国と戦った英雄と言われている。妻はいなかったが、親を亡くした子らを大勢迎え入れ、子煩悩だったらしい。ただ、あるとき、隣国に使者として赴いたまま帰らなかった」
「……事故で亡くなられたのですか?」
「いや、行方不明のままだ。遺体も見つかっていない。当時の国王はアラヤ公爵の功績を称えて、彼の帰りを待ち続けると宣言した。そのため、アラヤ公爵の家は跡継ぎがいなくなった後も維持されている。だがアラヤ家の者が一人もいない状態が続くのは良くない。そこで、別の使い途を考えたのさ」
「別の……?」
 眉をひそめて問うと、カイは俯いたまま答えた。
「王家の姓を名乗らせたいが、王家と繋がりがあると公には言えないような出自の者もいる。そういう者を養子として迎えて、体裁を保つために使っている。養子の多かったアラヤ公爵にちなんでな」
「お、公には言えないような出自っていうと……」
「貴女も行ったろう。貧民街だ」
 そう言われて、色々なことに合点がいった。カイが何のためらいもなく貧民街を歩いたことも、順位が100位である理由も。
「も、申し訳ありません。何も御知らず……」
「ごく一部の者しか知らないことだ。上級貴族か、王家御用達の豪商か、それくらいだ。だがそのごく一部の者からすれば、俺たちはならず者だったと自ら言っているようなものだ」
「だから……アラヤ姓から抜け出したいと、言って……?」
「俺もマティアスも、この候補者争いから脱落すれば、先は見えているからな」
「先って……」
「決まっているだろう。無駄に王家の血を引いた者など混乱の元だ。消されるだろうな、確実に」
 それはつまり……脱落すれば、最も死に近いのだということか。そう思いたくはないが、俯いたカイが見せる自虐的な笑みが垣間見える度、そのようにしか思えなくなる。
 アラヤ邸の者たちがカイやマティアスと距離を取りたがっていたり、シルヴォラ商会の者がエステルに近づけようとしなかったり……それらの理由が、ようやくわかった。マティアスが、カイを裏切ってまでエステルについて、自分の評価を上げようとした理由も。
 わかった気はする。だが、理解まではできない。
「だからって……こんなことは、おかしい」
「レア嬢?」
 気付けば、両手をぐっと握りしめていた。見えない何かを握り潰さんばかりに、力がこもっていく。
「一番、医院を開いてあげたいと強く思っていたのはカイ様です。カイ様しかいないのに。お金や、自分の評価のために全部横取りされるなんて、間違っています!」
「評価されなければ、消されるのは自分たちなのだから、当然と言えば当然なんだ」
「だから! 評価されるべきカイ様がこのままじゃ消されるというのが、絶対におかしいんです!」
 狭い馬車の中に、甲高い声が鳴り響いた。カイはいつの間にか、顔を上げていた。こんなにも驚いた顔を見せるのは、初めてかもしれない。
 目を何度も瞬かせ、おずおずと手を伸ばしてくる。涙粒がこぼれ落ちる左手を、そっと、いつかと同じような温もりが包んだ。
「すまなかった。まさか、その……泣かせてしまうとは……」
「……どうせなら、右手に触ればいいじゃありませんか。何か幸運が舞い込むかもしれません」
「それでは俺が幸運目当てで手を握るようじゃないか。今は、そうじゃない……」
 なんだかぼそぼそと、消え入るような声で呟いている。目を合わせてくれないのは、何故だろうか。それになんだかいつより顔が赤いような気もする。
「カイ様、どこか具合が悪いのでは? 顔が赤いですよ?」
 そう言った途端、カイの視線は急速に冷めていった。それもまた、意味がわからない。
 だが、呆れたような深いため息をついたかと思うと、カイは大きく目を見開いた。先ほどまでの重苦しい空気を、一瞬で払拭したように。
「では、行こうか」
「ど、どこへですか?」
「あいつも言っていただろう?『次の手』を打つのさ」
 そう告げたカイは、いつもと同じ……いやそれ以上の、不敵な笑みが浮かんでいた。