実際に医院が開院するのは当分先の話だが、国王の裁可を必要とする書類はすべて提出し、王家にも家臣にもその計画が明らかになった。そのため、監視官から評価が下されたのだろう。
だが、そこに立案者であるはずのカイの名はない。エステルと並んで記されるはずだというのに。
「どういうことだ、エステル=シルヴォラ!」
通知を受け取るや、カイはシルヴォラ商会に向かった。エステルは、まるで待ち構えていたかのように、すんなりと奥に通した。子犬の吠える様を優しく見守る飼い主のような、穏やかな笑みを浮かべて。
「あらあら。今日は随分と怖いお顔だこと」
「笑ってなどいられるか! 説明してもらおうか。貴女にも……マティアス、貴様にも」
そう叫び、部屋の隅ににこやかに立つマティアスを睨みつけた。
「説明も何も……書いてある通りだよ」
「最も多く出資した私と、開設のために最も尽力したマティアス……この二人が評価されるのは、当然でしょう?」
悪びれもせずに、二人はそう言う。確かに、二人の役回りはその通りだ。だが、肝心のカイが果たしている役目まで二人に奪われている。
レアとカイが揃って、二人についていた監視官に目を向ける。これは合法なのか、と。
だが監視官は、神妙に頷く。
「書類の不備も、事業内容等の不正も、ございません。正当な評価かと思われます」
監視官は、最も公平な存在である。その人物からハッキリと申し渡されてしまえば、それ以上の追求などできようもない。
がっくりと項垂れるカイに、エステルはふわりと微笑みかける。
「可哀想だから、アドバイスをあげる。自分の利益は顧みない……なんて、商人の前では言わないことね。最も信用できない言葉だわ」
なるほど、とレアにも合点がいった。きっと、マティアスは互いの利益になる案を持ちかけたのだ。その方が、エステルの損得勘定を優先する心に響いた。そういうことなのだろう。
「監視官もこう言ってることだし、諦めなって、カイ。早く次の手を打つのがいいと思うよ」
「……本当に、そう思うのか」
「うん、本当に」
最も信頼していた友からの言葉は、想像以上に堪えているのか。カイは、がっくりと項垂れ、顔を上げようとしない。
「そうまでして、アラヤ姓から抜け出したいか」
「……当然。カイだって、同じだろ?」
「ああ、そうだな」
力ない声でそう言うと、カイは立ち上がった。ふらふらと歩きながら、挨拶すらせずに、応接室を後にする。
騒ぎを聞いていたのだろう商会の者や客がカイの動向を見張っていたが、皆一様に、魂が抜け落ちたような様子に驚き、口をつぐんでしまうのだった。
なんとか馬車にたどり着くのだが、行き先を告げる声まで、生気がない。
裏切りの衝撃と、今後の展望に抱く絶望と……それらに押しつぶされているのが、ありありとわかった。
かける言葉も、見つからない。
だが幸か不幸か、俯いたままのカイの方から、ぽつりと尋ねる声がしたのだ。
「レア嬢……アラヤとは何か、知っているか?」
だが、そこに立案者であるはずのカイの名はない。エステルと並んで記されるはずだというのに。
「どういうことだ、エステル=シルヴォラ!」
通知を受け取るや、カイはシルヴォラ商会に向かった。エステルは、まるで待ち構えていたかのように、すんなりと奥に通した。子犬の吠える様を優しく見守る飼い主のような、穏やかな笑みを浮かべて。
「あらあら。今日は随分と怖いお顔だこと」
「笑ってなどいられるか! 説明してもらおうか。貴女にも……マティアス、貴様にも」
そう叫び、部屋の隅ににこやかに立つマティアスを睨みつけた。
「説明も何も……書いてある通りだよ」
「最も多く出資した私と、開設のために最も尽力したマティアス……この二人が評価されるのは、当然でしょう?」
悪びれもせずに、二人はそう言う。確かに、二人の役回りはその通りだ。だが、肝心のカイが果たしている役目まで二人に奪われている。
レアとカイが揃って、二人についていた監視官に目を向ける。これは合法なのか、と。
だが監視官は、神妙に頷く。
「書類の不備も、事業内容等の不正も、ございません。正当な評価かと思われます」
監視官は、最も公平な存在である。その人物からハッキリと申し渡されてしまえば、それ以上の追求などできようもない。
がっくりと項垂れるカイに、エステルはふわりと微笑みかける。
「可哀想だから、アドバイスをあげる。自分の利益は顧みない……なんて、商人の前では言わないことね。最も信用できない言葉だわ」
なるほど、とレアにも合点がいった。きっと、マティアスは互いの利益になる案を持ちかけたのだ。その方が、エステルの損得勘定を優先する心に響いた。そういうことなのだろう。
「監視官もこう言ってることだし、諦めなって、カイ。早く次の手を打つのがいいと思うよ」
「……本当に、そう思うのか」
「うん、本当に」
最も信頼していた友からの言葉は、想像以上に堪えているのか。カイは、がっくりと項垂れ、顔を上げようとしない。
「そうまでして、アラヤ姓から抜け出したいか」
「……当然。カイだって、同じだろ?」
「ああ、そうだな」
力ない声でそう言うと、カイは立ち上がった。ふらふらと歩きながら、挨拶すらせずに、応接室を後にする。
騒ぎを聞いていたのだろう商会の者や客がカイの動向を見張っていたが、皆一様に、魂が抜け落ちたような様子に驚き、口をつぐんでしまうのだった。
なんとか馬車にたどり着くのだが、行き先を告げる声まで、生気がない。
裏切りの衝撃と、今後の展望に抱く絶望と……それらに押しつぶされているのが、ありありとわかった。
かける言葉も、見つからない。
だが幸か不幸か、俯いたままのカイの方から、ぽつりと尋ねる声がしたのだ。
「レア嬢……アラヤとは何か、知っているか?」


