いきなり思ってもみなかったことを告げられ、瞬きを繰り返すレアの口から、かろうじて言葉が出る。
「えっと……誰ですか?」
 男性は、名乗ってすらいない。戸惑う以前の問題だった。
 だがそう尋ねたレアを、横から制した人物がいた。父のハイラ子爵だった。「こら! なんて無礼なことを……!」
「でもお父様。この方、名乗りもせずにこんな……」
「すまなかった。確かに、名乗っていなかったな」
 そう言うと、男性はレアの前にひざまづく。漆黒の髪の奥に潜む紫水晶のような瞳が、レアを見上げてきた。
「俺は現国王の第100王子。名をカイ=アラヤ=ヒルヴィサーリという」
「第……100王子!?」
 思わず声が裏返った。神妙に頷くカイを前にしても、まだ信じられない。
 前世でのプレイ記憶から、この世界のことは概ねわかったつもりでいた。だというのに、今聞いたのは知らないことばかりだ。
 『カイ』なんて王子は知らない。しかも第100王子だなんて。この国の王様がとんでもない好色家で、各地に隠し子がいるのは設定として知っていたが、まさか100人もいるとは……。
 言葉もないレアに、カイは表情を変えずに告げた。
「驚くのも無理はない。疑いが拭えないなら王都に問い合わせてくれて構わない。皆、そうしている」
「皆って……」
「他の99人の王子や王女たちだ。それで、その兄弟たちのことなんだが……」
 カイは静かにソファにかけ、レアとレアの父にも椅子を勧めた。どちらが主人かわからない、堂々たる様子だ。
「我が父、国王陛下には俺を含め100人の子がいる。そして陛下は、次期国王の座を継承する権利を、この100人に平等に与えると言ったんだ」
「平等に……100人にですか?」
 カイはまたも神妙に頷く。
「我々は今、年齢、性別、生家の身分など区別なく、共に王位継承権を持つ立場にある。最終的に100人の頂点に立った者が、次期国王と認められる」
「それは……すごいですね……」
 前世での記憶よりも何倍もスケールの大きな話になっている。王国全土を巻き込む争乱にでも発展しそうだ……そんな考えが頭によぎったその時、カイのまっすぐな視線が、再びレアを射貫いた。
「そこで、だ。レア=ハイラ嬢……俺の妃になり、国王になるための助力をしてほしい」
「はぁ……お役に立てることがあれば……え!?」
 驚き、カイを見返す。カイは、変わらずまっすぐな視線を向けている。
「貴女のその幸運が、どうしても必要なんだ……!」