「信じられない……!」
 今日ほど自分の『祝福の手』の影響に戦慄したことはない。幸運をもたらすと言っても、せいぜい『ちょっと良いことがあった』程度のことしか起こっていない。
 前世のゲームでも具体的な影響は提示されていなくて、協力した王子たちのパラメーターに影響を与えるといったものだった。
 まさかこんなことが起こるなんて、レア自身、予想だにしなかったのだ。
「お客様……もう、当店にはお支払いする現金がございません……」
 こんな言葉を言わせるなどと、誰が思っただろうか。他の客どころか店からも、有り金すべてを巻き上げてしまうだなんて……。
 今、この店の中で笑っているのは、金貨の山に囲まれているカイただ一人。
 誰も、何も、声を発せずにいる中、カイだけが静かに声を発した。
「誰か、表までこの金を運んでくれないか。俺一人では運びきれなくてね」
 その場の全員の頬が引きつったのが見えた。この空気の中、よくもそんなことを言えたものだ。
 呆れたような白けたような空気が漂う中、店の奥から出てきたらしき男が、恭しく頭を垂れて、答える。
「もちろん。お望みのままに。ただし……」
 男の視線だけが、鋭くカイを射貫いた。
「類い希なる幸運の持ち主であるお客様にぜひご挨拶をしたいと、支配人が申しております。お帰りの前に、ぜひお越し下さい」
「……いいだろう」
 不敵な笑みを崩さないまま、カイは立ち上がった。カイと、その傍にいるレアを、険しい面持ちの男たちが取り囲んでいく。そして促されるまま、奥に繋がる扉へと歩いて行く。
 通されたのは、先ほどの豪奢で賑わいのある場所とは打って変わった、静かな部屋だった。広い室内に灯りがぽつんと一つあるだけ。それがどこか神秘的な空気を醸し出している、不思議な場所だった。
 部屋に入ると、厳めしい風体の男たちが数人、壁際に立っていた。そしてその中央に大きな机があり、小さな灯りに照らされた男が一人、かけていた。
 年の頃は、おそらく20代後半といったところか。暗く長い髪を後ろで一纏めにしている。灯りに晒された頬骨が、ほっそりとしたこけた様子を浮かび上がらせている。骨に浮かんだような大きな目玉が、ぎょろりとカイを見据えると、まるで獲物を捕らえようとしているトカゲのようだった。
 男の強い視線一つで、周囲に控える人間が素早く動く。カイとレアを部屋に招き入れると、扉は素早く閉じられた。
 その様子から、嫌が応にもわかる。この男こそが、賭場を取り仕切っている頭目だと。
「挨拶がしたいと言ったのは貴殿か……なら、俺はいつになったら名乗ってもらえるんだろうな?」
 挑発するようなカイの言葉に、阿部際に控えていた者たちが眉をぴくりと跳ねさせた。ぎょっとしてカイを止めようと身を乗り出したレアだったが……それより前に、別の声が、聞こえた。
「失礼しました。この店の支配人、サムエル=アーロンと申します。どうぞお見知りおきを……カイ=アラヤ=ヒルヴィサーリ殿下」 
 それまでの値踏みするような視線をひっこめて、アーロンと名乗った賭場の主は、恭しく立ち上がり、頭を垂れた。
「さすが、掃きだめにいながら王位継承権を得るなどという信じがたき幸運を手にしたお方……この店の金庫一つ空にするぐらい、造作もないのでしょうね」
 そう言うアーロンの顔は、空々しいほどににこやかだ。レアの背筋に冷たい汗が伝う。だがカイはというと、眉一つ動かさず、それに答える。