レア=ハイラ子爵令嬢は、類い希なる、とんでもない幸運の持ち主だ。それは、領民の誰もが知るところだった。
道を歩けば、誰もがその姿に振り返る。
「おお、レア様」
「レア様だ」
「レア様、おててつないで?」
群衆の中から進み出た少女が、そう言ってレアに向けて手を伸ばす。周囲の人間が恐れ多いと止めても、レア本人がそれを制止した。
「もちろん。あなたに女神の祝福がありますように」
そう言って、優しく領民の手を握りしめる。右手から温かな光が生まれ、二人を包んだ。
「あったかい」
ニッコリ微笑んでそう言う少女が手を放すと、遠くからなにやら声が聞こえてきた。
「おーい! そんなとこで何やってんだ! 王都に行ってたお前の兄貴が帰ってきたぞ」
「お兄ちゃんが!?」
目をキラキラさせて、少女はレアを振り返る。早速、幸運が舞い込んだと言うように。
レアは頷いて、少女の背を押した。
周囲にいた人々も、温かな眼差しと共に少女を見送るのだった。
「やっぱり、レア様の『祝福の手』はすごい……」
そう、呟く声が群衆の中から聞こえた。その声をくすぐったい思いで浴びながら、レアは歩き出す。
少女に舞い込んだ幸運が、レアと手を繋いだことによる――周囲の人々はそう思っていた。
レア自身は、それをわかっていた。思っているのではなく、知っている。自分の右手に、そういった『祝福』があるということを。
何故なら、前世でプレイしていた乙女ゲームにおいて、そんな能力を持つ人物がいたからだ。その人物に、自分が転生してしまったことに気付いたのは、まだ幼い頃だった。
『恋は決闘の後で』――この世界は、そんなタイトルの乙女ゲームの世界そのものだった。国王陛下には大勢の子がいて、決闘で王位継承権を争うことになる。ヒロインはそんな争いの中心となる王子たちに協力する王妃候補なのだ。そして、協力者である王妃候補はもう一人。それが、レア=ハイラ子爵令嬢だ。
右手を繋ぐと、相手に幸運を分け与えることができる『祝福の手』の持ち主。その力を使い、ヒロインとそのパートナーたる王子の前に幾度となる立ち塞がる悪役だ。
悪役だけあって、ヒロインが誰と結ばれても、レアにはエンディングでは悲惨な結末が待っている。
それを思い出したからこそ、レアは半生をかけて、その行いを見直したのだった。
驕ることなく、常に領民に尽くし、研鑽を忘れない……淑女の鑑と言えるだろうと、自負している。
年齢などを考えると、もうじき、ゲームの決闘に呼び出すための使者が来る。絶対にヒロインたちを虐げることなく、邪魔することなく、平穏なエンディングを迎えるお手伝いをする所存で、その時を待っていた。
家に戻ると、王都からの客人が待っていると聞かされ、心臓が高鳴った。
(ついに来たのね)
そう、覚悟を決めたレアの前に立ったのは、身なりのいい男性だった。夜の闇のような漆黒の髪が、窓から差し込む陽光を受けて明るく艶めく。
年の頃はレアと同じくらい。静かな印象の中に、眼光だけが鋭く熱く滾っていた。竦みそうになる思いを何とか堪えて、レアが頭を垂れると、男性は表情を変えずに、告げた。
「レア=ハイラ子爵令嬢。貴女を、今日より俺の妃とする」
道を歩けば、誰もがその姿に振り返る。
「おお、レア様」
「レア様だ」
「レア様、おててつないで?」
群衆の中から進み出た少女が、そう言ってレアに向けて手を伸ばす。周囲の人間が恐れ多いと止めても、レア本人がそれを制止した。
「もちろん。あなたに女神の祝福がありますように」
そう言って、優しく領民の手を握りしめる。右手から温かな光が生まれ、二人を包んだ。
「あったかい」
ニッコリ微笑んでそう言う少女が手を放すと、遠くからなにやら声が聞こえてきた。
「おーい! そんなとこで何やってんだ! 王都に行ってたお前の兄貴が帰ってきたぞ」
「お兄ちゃんが!?」
目をキラキラさせて、少女はレアを振り返る。早速、幸運が舞い込んだと言うように。
レアは頷いて、少女の背を押した。
周囲にいた人々も、温かな眼差しと共に少女を見送るのだった。
「やっぱり、レア様の『祝福の手』はすごい……」
そう、呟く声が群衆の中から聞こえた。その声をくすぐったい思いで浴びながら、レアは歩き出す。
少女に舞い込んだ幸運が、レアと手を繋いだことによる――周囲の人々はそう思っていた。
レア自身は、それをわかっていた。思っているのではなく、知っている。自分の右手に、そういった『祝福』があるということを。
何故なら、前世でプレイしていた乙女ゲームにおいて、そんな能力を持つ人物がいたからだ。その人物に、自分が転生してしまったことに気付いたのは、まだ幼い頃だった。
『恋は決闘の後で』――この世界は、そんなタイトルの乙女ゲームの世界そのものだった。国王陛下には大勢の子がいて、決闘で王位継承権を争うことになる。ヒロインはそんな争いの中心となる王子たちに協力する王妃候補なのだ。そして、協力者である王妃候補はもう一人。それが、レア=ハイラ子爵令嬢だ。
右手を繋ぐと、相手に幸運を分け与えることができる『祝福の手』の持ち主。その力を使い、ヒロインとそのパートナーたる王子の前に幾度となる立ち塞がる悪役だ。
悪役だけあって、ヒロインが誰と結ばれても、レアにはエンディングでは悲惨な結末が待っている。
それを思い出したからこそ、レアは半生をかけて、その行いを見直したのだった。
驕ることなく、常に領民に尽くし、研鑽を忘れない……淑女の鑑と言えるだろうと、自負している。
年齢などを考えると、もうじき、ゲームの決闘に呼び出すための使者が来る。絶対にヒロインたちを虐げることなく、邪魔することなく、平穏なエンディングを迎えるお手伝いをする所存で、その時を待っていた。
家に戻ると、王都からの客人が待っていると聞かされ、心臓が高鳴った。
(ついに来たのね)
そう、覚悟を決めたレアの前に立ったのは、身なりのいい男性だった。夜の闇のような漆黒の髪が、窓から差し込む陽光を受けて明るく艶めく。
年の頃はレアと同じくらい。静かな印象の中に、眼光だけが鋭く熱く滾っていた。竦みそうになる思いを何とか堪えて、レアが頭を垂れると、男性は表情を変えずに、告げた。
「レア=ハイラ子爵令嬢。貴女を、今日より俺の妃とする」