最寄りのコンビニまでは車で三十分。スーパーまでは一時間。そんな三重県の片隅に私は住んでいた。娯楽もほとんどない片田舎で暮らしていたこともあり、都会への憧れは強かった。将来は東京に行く。そんな思いを胸に抱き、周りにも公言していた。両親もそんな私の言葉に対して、「陽向の好きにすればいいさー」と何の反対もしようとしなかった。
 幼少の頃から、「こんな不便な場所で産んでごめんね」と両親のどちらからも言われた。幼い頃はそんな自分の置かれた環境の不遇さにも気づかず、両親は何故いつも私に謝っているのかと不思議に思っていた。
 田舎というのは情報が入ってくるスピードが遅い。都会で流行ったも物の流行が過ぎ去ったタイミングで、ようやく田舎にもその流行がやってくる。流行の最先端と呼ばれる東京はおろか、三重県内の街の方と比べても明らかにそれは顕著だった。タピオカブームが下火になったタイミングでようやく私はタピオカミルクティーを口にしたし、人狼ゲームも都会で流行が二周し終わったタイミングぐらいで、初めて経験することができた。
 そんな環境で過ごす私が唯一リアルタイムで追いかけているものがあった。現役女子高生人気モデルのAoiちゃんだ。Aoiちゃんは私よりも少し年上の高校三年生で、今の十代で一番活躍していると言っても過言ではない。本当に綺麗で大人びていて、私の憧れの存在だ。化粧品のCMで初めて彼女を見かけた時、その魅力に圧倒された。芸名の由来ともなった、本人いわく生まれつきの青い瞳に吸い寄せられるかのごとく、私はテレビの向こう側にいる彼女に魅了されていた。

 ある日、私に衝撃が走った。定期購読をしている、Aoiちゃんが専属モデルを務めているファッション誌の表紙にデカデカと『Aoiの妹コンテスト』なる文字が書かれていた。私は急いで雑誌のページを捲った。雑誌の真ん中付近のページの見開きが、丸々一ページ、オーディションの概要にあてられていた。募集要項に目を通すと、性自認が女性の十三歳から十七歳までの方、という一文が記載されていた。私はそれを見た時、体に電気が走った。応募条件を満たしている。ただそれだけのことなのに、私にとってはとても運命的に感じられた。受けたい。すぐにその感情が頭に浮かんだ。それと同時に受かるわけがないということも分かっていた。片田舎でずっと暮らし、これといって取り柄もない私が受かるほど甘い世界ではない。そんなことは痛いほど理解していた。ただ、それでも私はこのオーディションは受けなければならない、受けなければ一生後悔する。その気持ちを抑えることができそうもなかった。
 
 夕飯の食卓で、両親にオーディションのことを打ち明けてみた。なんでも自由にやらせてくれる両親ではあったが、娘の私を溺愛してくれていることは普段からひしひしと感じていたので、てっきり反対されるものだとばかり思っていた。
「いいんじゃないかしら? ねえお父さん」
「うん。可愛い子には旅をさせよって言葉もあるしな。若い内は色々なことにチャレンジするべきだと思うから、陽向やってみたら?」
 両親ともにあっさりと承諾してくれたことに、私は拍子抜けした。親子喧嘩も辞さない覚悟でこの場に臨んだのに、両親は私の希望に一切ケチを付けなかった。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
 礼を言う私に対して両親は、「カメラの準備をしなきゃ」とか「履歴書余ってたっけ?」など私に対するサポートの意を示してくれた。万が一にもオーディションに合格したら、両親の為に沢山お金を稼いで、良い暮らしをさせてあげたいと強く思った。
 雑誌に記載されていたURLをスマホで一文字一文字入力して、間違いがないことを確認した後に検索ボタンをタップした。ブラウザのトップ画面から他サイトへと飛んで、画面には真新しい文字と画像が表示されている。『Aoiの妹コンテスト〜第二のAoiを探せ!』という赤色の大きな文字が目に飛び込んできた。オーディション特設サイトなるものに訪れた経験は生まれて初めてだったので、何とも形容できない気持ちの高揚が自分の心と体を支配していた。無意識の領域で生じる小刻みな体の震えを制御することができない。
 今の時代、WEB応募が当たり前ということもこの時初めて知った。てっきり手書きの履歴書に現像した写真を同封して郵送するものだと思っていたし、両親も間違いなくその認識だった。募集要項の欄にも写真はスマホで撮影したものでも可という風に記されていて、私は心底驚いた。あの憧れのAoiちゃんの妹コンテストという大々的なイベントにも関わらず、こんなに小さなスマホ一つでエントリーすることができるのかと、いまいち信じられなかった。
 ただ、両親も私もアナログ人間だったので、この時代の進化はありがたかった。カメラで撮った写真をパソコンに取り込んで添付するという作業を完璧にこなす自信が私にはなかったからだ。流石にスマホで撮った写真を添付して送信するぐらいのことは私にだってできる。たったこれだけのことにも関わらず、私はほんの少しだけAoiちゃんの妹に近づけた気がした。
 あまり手持ちのない私服の中で、自分が一番可愛いと思っているものに着替えて、父にバストアップ写真と全身の写真を撮ってもらった。『応募はここから』と書かれた場所を指でタップすると、一瞬画面が真っ白になった後に『エントリーシート』という文字が浮かび上がってきた。そのすぐ下には、名前や住所等の一般的な個人情報の他、身長体重や好きなブランドといったモデルを連想させるような入力欄があり、私は心が踊った。自己PRと書かれた欄が広く設けられていて、入力は必須ではなく任意とのことだったが、私はAoiちゃんへの想いと今回のコンテストに対する意気込みを熱く書き綴った。先程、父に撮ってもらった写真を添付欄に貼り付けると、エントリーに必要な全ての項目を埋め尽くすことができた。
 あとは、送信ボタンを押すだけ。このボタンを押した瞬間に私の夢への挑戦が始まる。私はその場で大きく深呼吸をする。審査の結果に反映されるわけがないが、私は自分の右手の人差し指に、どうか受かりますようにと願いを込めて送信ボタンをタップした。