「ポンヌ海老のビスクです」

セバスチャンが並べた皿には鮮やかな夕焼け色のスープが盛られている。

「素敵な色合いですこと! 食欲がそそられますわ」
「この繊細な香り、シェフの技術の高さを感じます」
「待ってました! とーーーーってもおいしそう!」

三者三様の反応を見せたが、最後の言葉にゲゲッセンは渋い顔をする。

イザベラとシモンヌはしずしずとスープをすくいあげて口に運ぶ。無音に徹し、スプーンを操る手はいっさいの乱れも許さない。

突然、隣から「ごっくん!」という潔い嚥下音が聞こえた。驚いて振り向くとニーナは両手で皿を挟んでいる。目を疑ったが、口をつけて一気に飲み干したとしか考えられない。

「ぷはー、おいしかったぁ!」

大きく息をつくニーナにふたりは目を丸くする。

イザベラは――なにこのワイルドな飲みっぷり! 優雅ではないけど、すごく満足そう! ――と驚愕した。

シモンヌは――まさかテーブルマナーを超越し、私たちと逆の路線で印象づける作戦!? ――と深読みした。

疾走感を伴う晩餐にふたりは焦りを覚えた。もしかしたら試されているのはテーブルマナーではなく度胸なのではないか。ならば自身を捨てて追い上げるべきか、はたまた自身の路線を貫くべきか。ふたりの胸中はニーナに振り回される。

けれどリアンはそのふたり以上に動揺していた。わずかの可能性であっても父にニーナを認めてもらえればと思っていたが、そんな希望はもはや消え失せた。事実、ニーナを見やる父の眉間には深いしわが刻み込まれている。

しかし、どうして一般市民のニーナがこの晩餐会に呼ばれたのか、リアンは疑問が募るばかりだ。

ふと、父が「リアンよ。家督を継ぐ者として自身の立場に自覚を持つように」と厳しい目つきで言っていたのを思い出す。

――そうか、侯爵として家を継ぐということは、いやおうなしに世間の目に晒される。花嫁を迎える以上、幼馴染のニーナでさえ軽々しく接することができなくなる。

リアンはついに悟った。

父はこの晩餐会で花嫁を選定し、ニーナに釘を刺すつもりなのだろう。住む世界が違うのだと知らしめるために。

つまり、これはふたりにとっての『最後の晩餐』なのだと。