「ハングリッヒ家の専属シェフ、セバスチャンの特別コースを存分に堪能してください」
リアンが告げたタイミングで、線の細いシェフが料理を運んでくる。前菜は蛸のインサラータ。
イザベラとシモンヌは、すでにこの晩餐会の意味に気づいていた。
ふたりはリアンに好意を寄せていたものの、みずから踏み込めずにいた。玉砕し涙する者の姿を散々、目の当たりにしてきたからだ。
けれど突然届いた手紙は願ってもない機会をふたりに与えた。
『あなたをハングリッヒ家の晩餐会に招待したく存じます。日時は――』
ふたりとも貴族の家系ゆえ、ハングリッヒ家の晩餐会の意味は容易に調べがついた。
――この絶好の機会、逃してはならない!
ふたりは神経を尖らせテーブルマナーに注力する。優雅に、そして繊細に振舞わねばと。
そのとき突然、ギュュルルルーと腹の虫の暴れる音が響く。全員の視線が音源である女性に向けられた。ニーナだ。
「あっ、すいません! 今日のために三日前からご飯を抜いていたのでぇ!」
ニーナが照れ笑いをすると、リアンの母、トリンケンは口元を緩めて楽しそうな顔をした。父であるゲゲッセンも笑顔で応じるが目は笑っていない。リアンは頬の筋肉が痙攣を起こした。
その向かいでは、イザベラとシモンヌが蝋人形のように硬直している。
イザベラは――なんという大胆なアイスブレイキング! しかも餓死を恐れず晩餐会に挑むストイックさ、まさに一般市民の雑草魂! ――と慄いた。
シモンヌは――まさか自身の肉体を用いて、料理への期待を示すなんて! しかも生命力アピールの作戦とはこの子、侮りがたいわ! ――と深読みした。
ニーナは臆することなく、「どれにしようかなー」と指を弾ませている。手にするナイフとフォークを選んでいるのだ。その様子を見てリアンはニーナに目配せをし、小刻みに首を横に振る。違う違う、そうじゃないってば、と。
しかし当の本人はリアンのサインに気づくことはなかった。結局、蛸はスープ用のスプーンに乗る羽目となった。リアンは肩を落とした。
――ニーナ、どうか父に気に入られてくれ!
そう、リアンの想い人とはニーナのことだった。
ただ身分の違いゆえ、みずから想いを打ち明けることができず時が流れていった。
各々の思惑が交錯する中、ニーナは早々にインサラータをたいらげ、次の料理を待ちわびている。
「ああ、まーだお腹ペコペコ。つぎの料理とっても楽しみ~♪」
リアンが告げたタイミングで、線の細いシェフが料理を運んでくる。前菜は蛸のインサラータ。
イザベラとシモンヌは、すでにこの晩餐会の意味に気づいていた。
ふたりはリアンに好意を寄せていたものの、みずから踏み込めずにいた。玉砕し涙する者の姿を散々、目の当たりにしてきたからだ。
けれど突然届いた手紙は願ってもない機会をふたりに与えた。
『あなたをハングリッヒ家の晩餐会に招待したく存じます。日時は――』
ふたりとも貴族の家系ゆえ、ハングリッヒ家の晩餐会の意味は容易に調べがついた。
――この絶好の機会、逃してはならない!
ふたりは神経を尖らせテーブルマナーに注力する。優雅に、そして繊細に振舞わねばと。
そのとき突然、ギュュルルルーと腹の虫の暴れる音が響く。全員の視線が音源である女性に向けられた。ニーナだ。
「あっ、すいません! 今日のために三日前からご飯を抜いていたのでぇ!」
ニーナが照れ笑いをすると、リアンの母、トリンケンは口元を緩めて楽しそうな顔をした。父であるゲゲッセンも笑顔で応じるが目は笑っていない。リアンは頬の筋肉が痙攣を起こした。
その向かいでは、イザベラとシモンヌが蝋人形のように硬直している。
イザベラは――なんという大胆なアイスブレイキング! しかも餓死を恐れず晩餐会に挑むストイックさ、まさに一般市民の雑草魂! ――と慄いた。
シモンヌは――まさか自身の肉体を用いて、料理への期待を示すなんて! しかも生命力アピールの作戦とはこの子、侮りがたいわ! ――と深読みした。
ニーナは臆することなく、「どれにしようかなー」と指を弾ませている。手にするナイフとフォークを選んでいるのだ。その様子を見てリアンはニーナに目配せをし、小刻みに首を横に振る。違う違う、そうじゃないってば、と。
しかし当の本人はリアンのサインに気づくことはなかった。結局、蛸はスープ用のスプーンに乗る羽目となった。リアンは肩を落とした。
――ニーナ、どうか父に気に入られてくれ!
そう、リアンの想い人とはニーナのことだった。
ただ身分の違いゆえ、みずから想いを打ち明けることができず時が流れていった。
各々の思惑が交錯する中、ニーナは早々にインサラータをたいらげ、次の料理を待ちわびている。
「ああ、まーだお腹ペコペコ。つぎの料理とっても楽しみ~♪」