「お疲れ、俊くん。今日も部活の練習頑張ってたね」
「大河内もお疲れ。寒い中待たせてごめん。ありがとう」
「ううん、全然。あれくらい待ったうちに入んないよ」
俺、岡田俊(おかだしゅん)と大河内、こと大河内忠久(おおこうちただひさ)は駄弁りながら、校舎からバス停に向かって歩いていた。同じクラスで、弁当も、移動教室も、学校にいる時間のほとんどを岡田と過ごしている。乗るバスは違えどバス停は同じだから、こんな風に帰りも500メートル先のバス停まで一緒に帰っている。たまに、ゲームも一緒にやる。学校で、一番長く一緒にいる。
大河内との出会いは入学式の日。大河内と岡田で前後ろの席だったことがきっかけ。
前の席に座っていた大河内を初めて見た時、正直、入学先というか生まれてくる次元を一次元間違ったんじゃないかって思った。それくらいの美形。ファンタジー映画のお金持ちお坊ちゃま学校の生徒とか、ゲームの中の超金持ちイケメンアイドル育成学校、とかそういう風な場所にいた方が似合うんじゃないかって思うくらいのイケメン。正直めちゃくちゃびっくりしたし、仲良くなれるとは思ってなかった。
「部活何部入る? 俺、ゲーム部か漫画部」
けど、俺が大河内の後ろの席に座った瞬間に、そんな風に話しかけられた。名前とか出身中学の前にまず部活。まるで、ずっと前から友達だったみたいに。話してみたら、人なつっこくてフランクなやつで気が会って、会話が止まらなかった。割とゲーマーだったし。
「俊くん、明日一緒にゲームやらない? 金曜だし」
「うん! もちろん!」
「やった! ありがとう!」
日常のこと、ゲームのこと。そんな他愛のない話をしながら、一緒に帰っていく。
大河内とは、仲のいい友達。親友。そんな言葉で言い表せると思う。大河内も俺のことをそう思っているはず。俺も、出会ってすぐはそんな言葉で言い表せたのに、今の俺の、大河内に対しての感情は、それ以上の、いや、そこから少し外れた、二文字の言葉で言い表せる言葉になってしまった。きっかけ、がどの段階だったのかは分からない。
口を動かし、相づちを打ちつつ、大河内にバレないようにほんの少し目線を上げて、そっと上下に顔を動かして、顔の良さを堪能する。柔らかな髪質のさらさらの茶色がかった黒髪。琥珀色の瞳にすっと通った鼻筋、薄くて口角の上がった綺麗な唇。どのパーツも繊細な作り物みたいに整っている。ほんとに綺麗な顔をしているなあ、と思う。声を上げて笑ってる時も本当におまけに背も俺よりずっと高いし伸び続けてる。現在時点で181らしい。169で止まりそうな俺に一センチ分けて欲しいなとちょっと思っている。
大河内の視線がこちらを向いた。見られたの、バレたかも、って思って、俺は視線を下に向けた。
地面は雪がうっすら積もっている。その上に俺と大河内の足跡が並んでいる。俺の方が小走りって感じだから、ゆっくり大股で歩く大河内に合わせてる。4月からそれをやってたから、自然に一緒のペースになってしまった。隣り合う足跡を見て、勝手に嬉しくなって、口角が上がってしまった。
「俊くん、なんかいいことあった?」
綺麗な顔で覗き込まれた。柔らかな髪がさらりと揺れる。
見られてしまった。恥ずかしくなってなんでもない、と口にしてそっぽを向く。いつも身につけているネックウォーマーがある体で笑ってたから。そこで、ネックウォーマーをつけていなかったことに気がつく。定位置のコートのポケットをまさぐる。フリース素材の黒のネックウォーマーをいつもここに入れている。
「……ネックウォーマー忘れた」
ネックウォーマー、部室に置いてるブルゾンのポケットに入れたままだった。うちの学校の音楽室は古い・広い・隙間風がやばいの三コンボで暖房の温かい空気が入るとこと入んないとこの差が激しいから、冬場のパート練習の時は上着を着てもいいことになってる。その時に使って、全体練習が始まる前に脱いで、ポケットに入れてそのまま。
「戻る?」
「今から戻るのも面倒だし、いいや。さっきも散々待たせてるし」
俺がいる吹奏楽部は下校時間ギリギリまで続く。大河内は寒い中音楽室の前で律儀に待っていてくれた。部活残り一時間、部員全員揃っての練習中、音楽室のドアのガラス窓から大河内がいたのが見えた。パーカッションの俺にだけ見えるような角度の位置にいてくれて。俺は練習はしつつ、元気をチャージするように大河内の方をちらちら盗み見てた。授業と部活でへろへろだったけど、ラストのご褒美みたいに来てくれた大河内で頑張れた。
頑張れた、けど30分くらいは待たせてると思う。だから、さすがにこれ以上待たせるわけにも行かない。明日取りに行くよ、と言って歩こうとする。けど、大河内の動きは止まる。俺だけ一歩先に出てしまう。
「……大河内?」
大河内はマフラーを外し始める。顎の辺りまで隠れるくらいボリュームがあって長い白マフラーを解いて、す、と俺の方に手渡す。
「じゃ、俺の使ってよ」
すらっとした首筋が露わになる。それと同じタイミングで、マフラーを俺に惜しげもなく渡してきた。瞬間、俺の身体がぶわ、と熱くなる。寒さなんて感じなくなるくらいに。
「……それじゃ、大河内が寒いだろ」
俺は真っ赤になりながら手の平を見せて断るポーズをした。流石に、嬉しいけど、大河内のマフラーを使ったら、もう、興奮で眠れなくなるような気がして。彼氏マフラー……でもなく、友達マフラー……? 友達マフラー、になる。でも、俺にとっては、好きな人、で……。
すると大河内はうーん、と少し首をかしげて、そして何かを思いついたような表情をする。そして、マフラーを俺の首に巻き付けた。
「なっ……!?!?!?!?」
さっきよりもずっとずっと距離が近い。瞳が、冷たい風のせいで少しだけ潤んでいるのが分かるくらいに。俺の身体は夏以上に熱い。体育の持久走以上に俺の心臓がばくばく言ってる。声も出せない。俺の顔は真っ赤になってると思う。
そして、マフラーの半分くらいを俺に巻き付けると、大河内も自分の首にマフラーを巻き付けた。
「こうすれば二人とも寒くないでしょ?」
いたずらっぽく笑いながら言う。俺の心臓がさらに高鳴って、身体がめちゃくちゃに熱くなった。マフラーを使わなくてもいいんじゃないか、って思うくらいに。
大河内は時々、こういう、「イケメンにしか許されないムーブ」をすることがある。じゃれあいの延長戦で後ろから抱きついてきたり、とか。両手つけての壁ドン、とか。両手つけての壁ドン、は事故というか後ろから来た子をよけようとして無意識にした感じ。けど、完全に少女漫画の壁ドンだった。
「じゃ、いこっか」
「……ああ」
二人でマフラーを使ってるから、必然的に距離もさっきよりも縮まってしまった。それこそほっぺたがくっつきそうな距離。これ以上離れると首が絞まってしまうから、と言い訳して、この距離の合理性を頭の中で訴える。
「なんか、恋人同士みたいだね」
「……そう、だな」
どういう意図で彼が恋人同士だね、って言ったのかは分からない。俺の身体がさらに熱くなる。文字通り、心臓が爆発しそうだ。マフラー、なくてもいいかもしれないくらいに熱いけど、外したくはない。マフラーを触る。ふわふわと柔らかなファーの感触がした。
「バス、もうちょいで来ちゃうね。急ごっか」
「……ああ」
マフラーをしながら、お互い、同じ自然と歩幅で歩く。バス、ずっと来なきゃいいのに、って思ってしまった。
「大河内もお疲れ。寒い中待たせてごめん。ありがとう」
「ううん、全然。あれくらい待ったうちに入んないよ」
俺、岡田俊(おかだしゅん)と大河内、こと大河内忠久(おおこうちただひさ)は駄弁りながら、校舎からバス停に向かって歩いていた。同じクラスで、弁当も、移動教室も、学校にいる時間のほとんどを岡田と過ごしている。乗るバスは違えどバス停は同じだから、こんな風に帰りも500メートル先のバス停まで一緒に帰っている。たまに、ゲームも一緒にやる。学校で、一番長く一緒にいる。
大河内との出会いは入学式の日。大河内と岡田で前後ろの席だったことがきっかけ。
前の席に座っていた大河内を初めて見た時、正直、入学先というか生まれてくる次元を一次元間違ったんじゃないかって思った。それくらいの美形。ファンタジー映画のお金持ちお坊ちゃま学校の生徒とか、ゲームの中の超金持ちイケメンアイドル育成学校、とかそういう風な場所にいた方が似合うんじゃないかって思うくらいのイケメン。正直めちゃくちゃびっくりしたし、仲良くなれるとは思ってなかった。
「部活何部入る? 俺、ゲーム部か漫画部」
けど、俺が大河内の後ろの席に座った瞬間に、そんな風に話しかけられた。名前とか出身中学の前にまず部活。まるで、ずっと前から友達だったみたいに。話してみたら、人なつっこくてフランクなやつで気が会って、会話が止まらなかった。割とゲーマーだったし。
「俊くん、明日一緒にゲームやらない? 金曜だし」
「うん! もちろん!」
「やった! ありがとう!」
日常のこと、ゲームのこと。そんな他愛のない話をしながら、一緒に帰っていく。
大河内とは、仲のいい友達。親友。そんな言葉で言い表せると思う。大河内も俺のことをそう思っているはず。俺も、出会ってすぐはそんな言葉で言い表せたのに、今の俺の、大河内に対しての感情は、それ以上の、いや、そこから少し外れた、二文字の言葉で言い表せる言葉になってしまった。きっかけ、がどの段階だったのかは分からない。
口を動かし、相づちを打ちつつ、大河内にバレないようにほんの少し目線を上げて、そっと上下に顔を動かして、顔の良さを堪能する。柔らかな髪質のさらさらの茶色がかった黒髪。琥珀色の瞳にすっと通った鼻筋、薄くて口角の上がった綺麗な唇。どのパーツも繊細な作り物みたいに整っている。ほんとに綺麗な顔をしているなあ、と思う。声を上げて笑ってる時も本当におまけに背も俺よりずっと高いし伸び続けてる。現在時点で181らしい。169で止まりそうな俺に一センチ分けて欲しいなとちょっと思っている。
大河内の視線がこちらを向いた。見られたの、バレたかも、って思って、俺は視線を下に向けた。
地面は雪がうっすら積もっている。その上に俺と大河内の足跡が並んでいる。俺の方が小走りって感じだから、ゆっくり大股で歩く大河内に合わせてる。4月からそれをやってたから、自然に一緒のペースになってしまった。隣り合う足跡を見て、勝手に嬉しくなって、口角が上がってしまった。
「俊くん、なんかいいことあった?」
綺麗な顔で覗き込まれた。柔らかな髪がさらりと揺れる。
見られてしまった。恥ずかしくなってなんでもない、と口にしてそっぽを向く。いつも身につけているネックウォーマーがある体で笑ってたから。そこで、ネックウォーマーをつけていなかったことに気がつく。定位置のコートのポケットをまさぐる。フリース素材の黒のネックウォーマーをいつもここに入れている。
「……ネックウォーマー忘れた」
ネックウォーマー、部室に置いてるブルゾンのポケットに入れたままだった。うちの学校の音楽室は古い・広い・隙間風がやばいの三コンボで暖房の温かい空気が入るとこと入んないとこの差が激しいから、冬場のパート練習の時は上着を着てもいいことになってる。その時に使って、全体練習が始まる前に脱いで、ポケットに入れてそのまま。
「戻る?」
「今から戻るのも面倒だし、いいや。さっきも散々待たせてるし」
俺がいる吹奏楽部は下校時間ギリギリまで続く。大河内は寒い中音楽室の前で律儀に待っていてくれた。部活残り一時間、部員全員揃っての練習中、音楽室のドアのガラス窓から大河内がいたのが見えた。パーカッションの俺にだけ見えるような角度の位置にいてくれて。俺は練習はしつつ、元気をチャージするように大河内の方をちらちら盗み見てた。授業と部活でへろへろだったけど、ラストのご褒美みたいに来てくれた大河内で頑張れた。
頑張れた、けど30分くらいは待たせてると思う。だから、さすがにこれ以上待たせるわけにも行かない。明日取りに行くよ、と言って歩こうとする。けど、大河内の動きは止まる。俺だけ一歩先に出てしまう。
「……大河内?」
大河内はマフラーを外し始める。顎の辺りまで隠れるくらいボリュームがあって長い白マフラーを解いて、す、と俺の方に手渡す。
「じゃ、俺の使ってよ」
すらっとした首筋が露わになる。それと同じタイミングで、マフラーを俺に惜しげもなく渡してきた。瞬間、俺の身体がぶわ、と熱くなる。寒さなんて感じなくなるくらいに。
「……それじゃ、大河内が寒いだろ」
俺は真っ赤になりながら手の平を見せて断るポーズをした。流石に、嬉しいけど、大河内のマフラーを使ったら、もう、興奮で眠れなくなるような気がして。彼氏マフラー……でもなく、友達マフラー……? 友達マフラー、になる。でも、俺にとっては、好きな人、で……。
すると大河内はうーん、と少し首をかしげて、そして何かを思いついたような表情をする。そして、マフラーを俺の首に巻き付けた。
「なっ……!?!?!?!?」
さっきよりもずっとずっと距離が近い。瞳が、冷たい風のせいで少しだけ潤んでいるのが分かるくらいに。俺の身体は夏以上に熱い。体育の持久走以上に俺の心臓がばくばく言ってる。声も出せない。俺の顔は真っ赤になってると思う。
そして、マフラーの半分くらいを俺に巻き付けると、大河内も自分の首にマフラーを巻き付けた。
「こうすれば二人とも寒くないでしょ?」
いたずらっぽく笑いながら言う。俺の心臓がさらに高鳴って、身体がめちゃくちゃに熱くなった。マフラーを使わなくてもいいんじゃないか、って思うくらいに。
大河内は時々、こういう、「イケメンにしか許されないムーブ」をすることがある。じゃれあいの延長戦で後ろから抱きついてきたり、とか。両手つけての壁ドン、とか。両手つけての壁ドン、は事故というか後ろから来た子をよけようとして無意識にした感じ。けど、完全に少女漫画の壁ドンだった。
「じゃ、いこっか」
「……ああ」
二人でマフラーを使ってるから、必然的に距離もさっきよりも縮まってしまった。それこそほっぺたがくっつきそうな距離。これ以上離れると首が絞まってしまうから、と言い訳して、この距離の合理性を頭の中で訴える。
「なんか、恋人同士みたいだね」
「……そう、だな」
どういう意図で彼が恋人同士だね、って言ったのかは分からない。俺の身体がさらに熱くなる。文字通り、心臓が爆発しそうだ。マフラー、なくてもいいかもしれないくらいに熱いけど、外したくはない。マフラーを触る。ふわふわと柔らかなファーの感触がした。
「バス、もうちょいで来ちゃうね。急ごっか」
「……ああ」
マフラーをしながら、お互い、同じ自然と歩幅で歩く。バス、ずっと来なきゃいいのに、って思ってしまった。