「たとえこのまま、なんの手がかりも掴めずに幽世へ帰ることになったとしても……緋彩さんが諦めずにいること。これからどれだけ長い年月がかかったとしても、大切な人を捜し続ける覚悟を持つこと。それが、緋彩さんにとっての試練です」
猫神様が口にしたそれは、もはや今回の捜索では望んだ結果にならないことを示唆していた。
「これは私の勘ですが……ここまで捜しても情報が一つもないとなると、おそらく見つけ出すことは難しいでしょう。彼女の想い人は、まだこの世に誕生していない可能性が高いと思います」
「そんな……」
案内人の神様にそんな風に言われてしまうと、私にはもう反論する余地はなかった。
「緋彩さんはきっと、決死の覚悟でこちらの世界へやって来たんでしょう。半人前のあやかしが幽世から抜け出すことは、けっして容易ではありません。ですからここへ来た当初は、彼女の意志も固かったはずです。ですが、今の彼女は完全に自信を失ってます」
先ほど、あの狭間の部屋で見た彼女はあきらかに失意の底にいた。猫神様からの励ましの声も、響いているようには見えなかった。
「今の状態の彼女が、残りの時間を満足に使えるとは思えません。このまま幽世に戻って、ふと我に返ったとき、もっと他にやれることがあったのではないかと彼女は後悔すると思うんです。……ですから彼女には、幽世へ帰るまでに気持ちの整理をつけてほしいんです。自分にやれることは全てやったと。あの時ああしていればという悔いが残らないように、前向きな気持ちであちらの世界へ帰ってほしいんです」
猫神様が望んでいるそれは、きっと彼自身にとっても理想の形なのだと思う。
ずっと昔、猫神様がまだ半人前のあやかしだった頃。彼は自分の大切な人に会いたいという思いを抱えながらも、それを実現させることはできなかった。
あれこれと理由をつけて会いに行かなかった当時のことを、彼はずっと後悔している。
だからこそ、その悲しい気持ちを緋彩さんには味わってほしくないのだろう。
「やっぱり……猫神様は優しいですね」
人の気持ちを自分のことのように考えられる彼は、やっぱり優しい。
緋彩さんのことを心から心配している気持ちが、彼の言葉の端々から伝わってくる。
「……優しいのは、桜さんの方ですよ。私はいつも、あなたの優しさに救われてるんです。今も、昔も……」
「え?」
最後の方は、雨の音に紛れてよく聞こえなかった。
私が聞き返そうとすると、猫神様は「そろそろ着きます」と言って飛行の高度を下げていく。
やがて自宅のマンションの前で別れると、彼は獣の姿のまま、再び雨の中を飛翔していった。



