「こ……これが、猫神様?」
あまりにも迫力のある姿に、私は口をぱくぱくとさせる。
まるで猛獣のようなその巨大なもふもふは、私と蜜柑くんを見下ろして言った。
「どうぞ、背中に乗ってください。私の毛並みの中に隠れてしまえば、あなたの姿も周りから見えなくなります。そのまま平野神社までひとっ飛びです」
言われるがまま、私は恐る恐る彼の方へ近づく。
猫神様は私たちが乗りやすいよう、伏せの姿勢をしてくれる。
所々に赤い模様のあるその白い背中はふわふわで、手を差し入れてみるとどこまでも深い毛に埋もれていく。
やがて指先が何かやわらかいものに触れて、猫神様の体温を感じた。
なんて触り心地の良い背中なんだろう。
このままずっともふもふしていたくなってしまう。
「ふふふっ。猫神様の背中に乗せてもらうの、久しぶりだなぁー。ふわふわであったかくて、すぐ眠くなっちゃうんだよね」
蜜柑くんはそう嬉しそうに言うと、少しだけ助走をつけて猫神様の背中へと飛び乗った。
すると彼の小さな体は、ふわふわの毛の中に埋もれて完全に見えなくなる。
「さあ、桜さんも」
猫神様が言った。
桜さん、と優しく名前を呼ばれて、私はなんだか胸の奥がくすぐったくなる。
「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」
蜜柑くんに倣って、私も少しだけ勢いをつけて彼の背中へ飛び込む。
すると私の体もすっかり毛の中に埋もれて、視界が真っ白になった。
あたたかくて大きな背中は、干したてのお布団みたいな良いにおいがする。
「それでは、出発しますね。よほどのことがない限り落ちることはない思いますけど、しっかり掴まっといてくださいね」
言い終えるが早いか、彼は腰を上げて動き出した。
揺れはそれほど感じなかったけれど、何か重力というか、まるでエレベーターで上昇したときのような、全身が下に引っ張られるような感覚があった。
(もしかして、飛んでる……?)
体を包む浮遊感。
滑らかに前進するその感覚は、むかし飛行機に乗ったときのことを思い起こさせた。
いま自分がどうなっているのかを確認したくて、私は猫神様の背中に手をつき、ゆっくりと上半身を起こしてみる。
そうしてふわふわの白い毛並みから顔を出してみると、
「わ、ぁ……!」
視界いっぱいに広がった景色に、思わず声が漏れた。
私たちは、空を飛んでいた。
夜の帳が下りた濃紺の空に、小さな星たちが散らばっている。
そしてその遥か下には、ひしめき合うようにして人工的な光が広がっていた。
京都の夜景。
碁盤の目の形に並んだ街並みが、ずっと遠くに小さく見える。
「す、すごい……!」
「そろそろ着きます。一気に下へ降りますんで、気をつけてくださいね」
猫神様がそう言った直後。
今度は全身の重力が上に引っ張られるような感覚があった。
お腹が浮くような感覚。
そのまま視界は急激に下界へと近づいていく。
碁盤のマス目が大きくなっていく。
着地の瞬間はちょっとだけ怖くて、私は再び猫神様の毛並みに顔を埋めた。
すると、すぐ隣にあった蜜柑くんの顔が、こちらと目を合わせてにこりと微笑んでくれる。
「大丈夫だよ、桜おねえちゃん。怖くないからね」
彼はそう言って、私の右手をきゅっと握ってくれる。
優しい蜜柑くんと、あたたかい猫神様の背中。
二人の温もりで私の胸はいっぱいになって、なぜだか泣いてしまいそうな気持ちになった。