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猫神様の背中に乗って、先斗町の方まで戻る。
その途中、遠くに見えた山々はどこも赤く色づいていて、パノラマに広がる紅葉を眺めながら、改めて秋だなあと思った。
「あっちにもこっちにも紅葉が……。綺麗ですね」
思わず隣のお姉さんにそう話しかけると、彼女はどこか遠い目をしながら、
「ええ……そうですね」
と、どことなく元気がなさそうに呟く。
あれ? と思っているうちに、「そろそろ着きますよ」と猫神様が言った。
高度がゆっくりと下がって、地上が近づいてくる。やがてひと気のない場所に着地すると、そこから例の狭間の場所までは歩いてすぐだった。
「とりあえず、ご飯の支度をしますね。体が冷えてるでしょうから、何かあたたかいものを作ります。すぐにできるもの……お鍋にしましょか」
いつもの白いあやかしの姿に戻った猫神様が、台所へ向かいながら言う。
お鍋。
その名前を耳にしただけで、途端に体があったまってくるようだった。
時刻はちょうどお昼の十二時。どおりでお腹も空くわけだ。
猫神様がテキパキと台所で用意を始めたので、私も何か手伝えることはないかと尋ねると、
「では、テーブルを拭いてきてもらえますか?」
そんな言葉とともに、濡れた布巾を手渡される。
お料理の手伝いはできなかったけれど、一応は仕事をもらえた。テーブルは大きいので、私は時間をかけてピカピカになるまで腕を動かし続けた。
「あの。わたくしも何か手伝えることはないでしょうか」
途中、お姉さんがそう言ってくれたので、猫神様と相談した結果、彼女には玄関の掃き掃除をしてもらうことになった。
「ありがとうございます、二人とも。おかげでとっても綺麗になりました」
ニコニコ顔の猫神様が、お鍋を手にしてこちらへやってきた。どうやらお料理が完成したようで、私はテーブルの真ん中にコンロを用意する。
そうしてぐつぐつと煮えたぎるそれを乗せてフタを開けると、中からはお出汁の香りがする湯気がふわりと立ち昇った。
「うわぁ……美味しそう」
お鍋は水炊きで、具材は見える範囲で鶏、白菜、にんじん、長ネギ、大根、しいたけ、えのき……。例によって旬の食材がふんだんに使われているのだろう。
「タレは二種類用意しました。よければ両方とも食べ比べてみてください」
言いながら、猫神様は一人につき二つの受け皿を用意してくれる。片方にはゴマだれ、もう片方にはおろしポン酢が入っていた。
お茶碗に白米を盛り付け、三人でテーブルを囲むと、一斉に手を合わせる。
「いただきます!」
菜箸を手にして、まずはどれからいこうかと悩む。
目についたのは、鶏に白菜にえのき。それをゴマだれにつけて一気に頬張ると、口の中には熱さとともにお出汁の風味とタレのまろやかな甘さ、素材の旨みとが広がって、たまらず幸せな気分になる。
「おいしい……」
と、蕩けるような声を漏らしたのは隣に座るお姉さんだった。
見ると、彼女は姿勢良く座布団に正座したまま、お上品な動作で野菜を口へ運んでいく。
どうやらお気に召してくれたらしい。本当に美味しそうに食事をする彼女の横顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
ただ、そんな彼女は時折思い出したように、しゅんと寂しげな目をすることがあった。
(このお姉さんも何か、この世に未練があるのかな……)
はるばる幽世からこちらの世界へやってきた彼女。その胸中にはきっと、何か大事な思いを抱えている。
今はとにかく美味しいものを食べもらって、お腹がいっぱいになったら、改めて色々と話を聞かせてもらおう。
彼女の憂いを帯びた表情が晴れるように。どうか全てがうまくいきますようにと、私はこれからのことに思いを馳せた。



