「すみません、桜さん。あなたが疲れてると知りながら、外に連れ出してしまって」

「い、いえ! 猫神様が謝ることなんて全然ないです! 私もここの景色を見てみたかったですし、それに、誘ってもらえて嬉しかったので……」

 最後の方はちょっとだけ照れくさかったけれど、本音だった。
 猫神様と一緒にいられることが、こんなにも嬉しい。せっかくこうして彼と二人でお出かけしているのに、居眠りしてしまうなんてもったいない。

 それに、十一月下旬の清水寺はまさに紅葉の真っ盛り。この時期にしか見られない貴重な景色を、しっかりと目に焼き付けねば。
 そう思って改めて顔を上げた瞬間、

「……あれ?」

 ふと視界に入った人物の姿に、私は違和感を覚えた。

 私の横、数メートルの位置に立つ一人の女性。姿勢の良い体に纏っているのは、黒の法衣(ほうえ)に白い頭巾。

(もしかして、(あま)さんかな……?)

 おそらくは仏教徒の尼僧(にそう)と思しき格好。多くの観光客が集うこの場所で、彼女の姿だけが一人浮いている。

 もしかしてここのお寺の人かな? とも思ったけれど、それにしては仕事をしているような素振りはない。
 彼女はただ周りをキョロキョロとしているだけで、どちらかというと、慣れない場所で狼狽(うろた)えているように見えた。

「あの女性は、あやかしですね」

 隣から、猫神様が言った。どうやら私の視線に気づいてくれたらしい。

「え。あの人もあやかしなんですか?」

「ええ。見た目は普通の人間のようですが、気配はあやかしのそれです」

 白い頭巾の奥に見える顔は、私より少し年上くらい。陶器のような白い肌に、整った目鼻立ち。儚げな美女といった雰囲気の彼女は、まるであやかしには見えない。

「彼女はおそらく、 八百比丘尼(やおびくに)のあやかしでしょう」

「やおびくに?」

「とても長い年月を生きるという、女性のあやかしです。およそ八百年は生きると言われてることから、『八百(やお)』の文字が使われてます」

 八百年。
 確かにものすごい長寿だな——とは思うものの、目の前にいる猫神様はさらに長い年月を生きているはずなので、なんだか感覚がバグってしまう。

「彼女はまだ半人前のようですから、この世界には慣れてないんでしょうね」

「半人前? それじゃあ、あの人もこの世界に迷い込んで困ってるんでしょうか」

 一体どういう経緯があったのかはわからないけれど、おそらくはこの現世に迷い込んだあやかし。
 だとしたら助けないと——と、足を踏み出そうとした私の肩を、猫神様の手が後ろから引き留めた。

「……猫神様?」

 どうしたんだろう、と彼を見上げると、彼はいつになく神妙な顔でこちらを見つめていた。