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 蜜柑くんの思い出の場所は、平野神社で間違いない。

 そこに行けばもしかしたら、彼の会いたい人と再会できるかもしれない。

「では、さっそく向かいましょか」

 猫神様は私と蜜柑くんを連れて表に出た。
 狭い路地を抜け、さらに先斗町を抜けて再び四条通に出る。

 平野神社がある場所は、ここからだと北西の方角だ。
 さすがに歩いていける距離ではないので、必然的に交通機関を使うことになるけれど、

「ええと……。ここから行くなら、バスと電車とどっちが早いんだろう……?」

 近くには阪急(はんきゅう)電車の京都河原町駅、それから京阪(けいはん)電車の祇園四条駅とがある。
 その周りにはバス停もたくさんあるので、選択肢は多い。

 けれど、まだこの土地に越してきて間もない私には、平野神社までの行き方がわからない。

 猫神様ならきっと知っているだろうから、とりあえず彼についていこうと考えていると、

「駅前は人通りが多いので、ちょっと離れましょか」

 と、予想外の言葉が耳に届いた。

「えっ。駅の方に行かないんですか? たぶんバス停も駅の近くにあると思いますけど……」

「バスは使いません。もちろん電車も。私の体に乗ってもらった方が速いんで」

「え?」

 いま、何て言った?

 私が目を丸くしていると、猫神様はいつものやわらかい笑みを浮かべて言う。

「私は、自分の姿形を変えることができるんです。ほら、こんな風に」

 言うなり、彼はポンッとささやかな白煙を上げて、一瞬にして姿を消した。

「えっ。猫神様!? どこに行っちゃったの?」

 まるで手品のように消えてしまった彼を捜して、私はオロオロと辺りを見渡す。

「桜おねえちゃん。猫神様ならここにいるよ。ほら、ここ」

 と、蜜柑くんが隣から言った。
 彼は「ここ、ここ」としきりに私の足元を指差している。

「ここ……?」

 促されるまま自分の足元を見てみると、そこにはいつのまにか、一匹の白い猫がいた。
 鼻と耳がピンク色で、白い毛並みの所々に赤い線のような模様がある。

 その特徴的な姿には見覚えがあった。

「あっ、この子! さっき猫神様のところまで案内してくれた白猫ちゃん!」

 そう私が叫んだ直後。
 白猫はまたポンッと白煙を上げて、再び猫神様の姿へと戻った。

「どうです? 便利でしょう?」

 彼はそう言って、笑顔のまま首を斜めに傾けてみせる。

 どうやらあの白猫は、蜜柑くんが最初に言っていた通り、猫神様で間違いなかったようだ。

「ちなみに人間の姿にもなれるんですよ。この姿のときは、普通の人間にも私の姿が見えるようになるんです」

 彼はまたポンッと白煙を上げて、今度は人間の姿になった。

「わぁ……」

 そこに現れた彼の容姿に、私は思わず目を奪われていた。

 顔の造形はそこまで変わらないけれど、もともと黄金色だった切れ長の瞳は、薄いブラウンの光を携えている。
 髪も短くなっており、今は烏の濡れ羽色。
 すらりとした長身に纏うのは、黒の着流しに真紅の羽織。
 そして、頭の上にあった三角形の耳はもちろん消えている。

 あやかしの姿では神々しい美しさがあったけれど、こちらはこちらで、どこか怪しい色気がある。

(こ、こっちの姿も好きかも……)

 なんて、浮ついた気持ちになっている自分に気づいて、私は慌てて頭を振る。

「と、あんまり遊んでると人目につきますね。もう少し人通りの少ないところへ行きましょか」

 猫神様は人間の姿のまま、私たちを連れて繁華街から離れていく。

 やがて人の気配のない所までくると、彼はようやく立ち止まった。

「さて。ではこの辺で。今からちょっと大きい体に化けますけど、びっくりせんといてくださいね」

 そう前置きしてから、彼はまたしても白煙を上げ、今度はボンッ! と大きな音を立てて変身した。

「ひゃっ……!」

 思わず体が仰け反って、ヘンな声が出た。

 目の前に現れたのは、巨大な獣だった。

 全長五メートルはゆうに超えていそうな、猫科に見えるもふもふ。
 白い毛並みの所々には赤い線のような柄があり、狼のようにシュッとした顔には隈取(くまどり)にも似た模様が浮かぶ。