◯
蜜柑くんの思い出の場所は、平野神社で間違いない。
そこに行けばもしかしたら、彼の会いたい人と再会できるかもしれない。
「では、さっそく向かいましょか」
猫神様は私と蜜柑くんを連れて表に出た。
狭い路地を抜け、さらに先斗町を抜けて再び四条通に出る。
平野神社がある場所は、ここからだと北西の方角だ。
さすがに歩いていける距離ではないので、必然的に交通機関を使うことになるけれど、
「ええと……。ここから行くなら、バスと電車とどっちが早いんだろう……?」
近くには阪急電車の京都河原町駅、それから京阪電車の祇園四条駅とがある。
その周りにはバス停もたくさんあるので、選択肢は多い。
けれど、まだこの土地に越してきて間もない私には、平野神社までの行き方がわからない。
猫神様ならきっと知っているだろうから、とりあえず彼についていこうと考えていると、
「駅前は人通りが多いので、ちょっと離れましょか」
と、予想外の言葉が耳に届いた。
「えっ。駅の方に行かないんですか? たぶんバス停も駅の近くにあると思いますけど……」
「バスは使いません。もちろん電車も。私の体に乗ってもらった方が速いんで」
「え?」
いま、何て言った?
私が目を丸くしていると、猫神様はいつものやわらかい笑みを浮かべて言う。
「私は、自分の姿形を変えることができるんです。ほら、こんな風に」
言うなり、彼はポンッとささやかな白煙を上げて、一瞬にして姿を消した。
「えっ。猫神様!? どこに行っちゃったの?」
まるで手品のように消えてしまった彼を捜して、私はオロオロと辺りを見渡す。
「桜おねえちゃん。猫神様ならここにいるよ。ほら、ここ」
と、蜜柑くんが隣から言った。
彼は「ここ、ここ」としきりに私の足元を指差している。
「ここ……?」
促されるまま自分の足元を見てみると、そこにはいつのまにか、一匹の白い猫がいた。
鼻と耳がピンク色で、白い毛並みの所々に赤い線のような模様がある。
その特徴的な姿には見覚えがあった。
「あっ、この子! さっき猫神様のところまで案内してくれた白猫ちゃん!」
そう私が叫んだ直後。
白猫はまたポンッと白煙を上げて、再び猫神様の姿へと戻った。
「どうです? 便利でしょう?」
彼はそう言って、笑顔のまま首を斜めに傾けてみせる。
どうやらあの白猫は、蜜柑くんが最初に言っていた通り、猫神様で間違いなかったようだ。
「ちなみに人間の姿にもなれるんですよ。この姿のときは、普通の人間にも私の姿が見えるようになるんです」
彼はまたポンッと白煙を上げて、今度は人間の姿になった。
「わぁ……」
そこに現れた彼の容姿に、私は思わず目を奪われていた。
顔の造形はそこまで変わらないけれど、もともと黄金色だった切れ長の瞳は、薄いブラウンの光を携えている。
髪も短くなっており、今は烏の濡れ羽色。
すらりとした長身に纏うのは、黒の着流しに真紅の羽織。
そして、頭の上にあった三角形の耳はもちろん消えている。
あやかしの姿では神々しい美しさがあったけれど、こちらはこちらで、どこか怪しい色気がある。
(こ、こっちの姿も好きかも……)
なんて、浮ついた気持ちになっている自分に気づいて、私は慌てて頭を振る。
「と、あんまり遊んでると人目につきますね。もう少し人通りの少ないところへ行きましょか」
猫神様は人間の姿のまま、私たちを連れて繁華街から離れていく。
やがて人の気配のない所までくると、彼はようやく立ち止まった。
「さて。ではこの辺で。今からちょっと大きい体に化けますけど、びっくりせんといてくださいね」
そう前置きしてから、彼はまたしても白煙を上げ、今度はボンッ! と大きな音を立てて変身した。
「ひゃっ……!」
思わず体が仰け反って、ヘンな声が出た。
目の前に現れたのは、巨大な獣だった。
全長五メートルはゆうに超えていそうな、猫科に見えるもふもふ。
白い毛並みの所々には赤い線のような柄があり、狼のようにシュッとした顔には隈取にも似た模様が浮かぶ。