◯


 やがてステージ上の妖怪たちが舞台裏へと姿を消した頃。夜空を闊歩していたあやかしたちも、ようやく地上へ降りてきた。

「みんな、今日はうちの曾孫のためにありがとな!」

 銀弥さんがそう声をかけると、周囲のあやかしたちは思い思いに歓声を上げ、そのまま四方八方へ飛び去っていく。どうやらこれでお開きらしい。

 久方ぶりに地面を踏んだ錫さんは、銀弥さんのもとを離れるなり、まっすぐこちらへ走り寄ってきた。

「二人とも、さっきは大丈夫やった?」

 彼女は犬神様と猫神様の前に膝をつき、それぞれの頭をよしよしと撫でる。

「こっ……子ども扱いするな!」

 照れくさかったのか、犬神様は顔を真っ赤にして吠える。
 対する錫さんは全く動じていない様子で、柔和な笑みを浮かべたまま続けた。

「さっきは私のこと、心配して助けようとしてくれたんよね? ありがとうね、可愛いワンちゃん」

「わ、ワンちゃん……?」

 まさかの仔犬扱いに、犬神様は呆然とする。

「だっはっは! 可愛いワンちゃんか。そりゃあいい」

 銀弥さんが豪快に笑って、犬神様の怒りはさらに激化する。早く元の体に戻せと怒鳴る彼に、銀弥さんはようやく折れたようだった。

「へいへい。うるさい犬っころだな。ほらよ」

 パチン、と彼が指を鳴らした瞬間、犬神様の体はドロンッと黒煙に包まれる。そうして煙の中から現れたのは、見慣れた青年の姿だった。

 見た目は二十代半ばほどの、クール系の美丈夫。黒い束帯に身を包み、垂れ目がちな瞳が目の前の錫さんを見下ろす。

 突如としてそこに出現した彼の姿に、錫さんは「えっ」と驚愕の表情を浮かべた。

「こ、これが……さっきの可愛いワンちゃん? こんなにイケメンやったん!?」

 頬を桃色に染めながら、彼女はまじまじと犬神様の顔を覗き込む。そんな彼女の反応に、犬神様は珍しく狼狽えているようだった。

 二人の隣で、猫神様もドロンッと元の姿に戻る。
 すらりとした長身の、白く美しい彼の姿は相変わらず神々しい……けれど、先ほどの愛らしい猫耳少年の姿が見られなくなるのは、正直ちょっとだけ名残惜しかった。

「おーい、錫ー!」

 と、そこへ聞き覚えのある女性たちの声が届く。
 見ると、道の向こうから錫さんのお友達二人がこちらへ歩いてくるところだった。

「そろそろ行かなきゃ。みんな、今日はほんまに楽しかったよ。ひいおじいちゃんも……私のために、素敵なサプライズをありがとうね!」

 手短に、けれど心から満ち足りた様子で感謝を述べながら、錫さんはお友達の元へ帰っていった。
 その後ろ姿を見届けてから、犬神様は改めて銀弥さんに向き直る。

「さて。これでもう思い残すことはないだろう。今度こそ俺と一緒に来てもらうぞ、銀弥」

「そうだなぁ。可愛い曾孫の笑顔も見れたことだし。今後しばらくの間は、幽世で大人しくしといてやってもいいぜ」

「……貴様、その様子だとまだ懲りていないようだな。言っておくが、あちらに帰ったらそれなりの処罰が待ってるぞ」

「そんな怖い顔すんなって。そういうお前こそ、間違ってもうちの曾孫に手を出したりはするなよ。錫に指一本でも触れてみろ。お前みたいな犬っころなんて俺が瞬殺してやるからな」

「だ、誰が……!」

 お互いにギャーギャーと言い合う二人を、猫神様はニコニコと眺めている。

 そんな私たちを、頭上から多くのあやかしたちが見守るようにしてこちらを見つめていた。
 彼らの楽しげな笑い声は、月の光が照らす秋の夜空をどこまでも響いていった。