「っしゃ。ほな行くで。しっかり掴まっときや」

 なんとか機嫌を直してもらい、私たち三人は一反木綿の彼の背中に腰を落ち着ける。前から犬神様、猫神様、そして私の順。

 私のすぐ目の前には猫神様の白い後頭部と可愛らしい猫耳があり、それがピコピコと揺れる度に、つい触れたくなってしまう衝動を抑える。

 やがて一反木綿の彼はふわりと上空へ舞い上がると、銀弥さんのもとへゆっくりと近づいていった。

「銀弥め。あの娘をどこまで連れていくつもりだ。こんな所にまで連れてきて……怪我でもさせたら許さんぞ!」

 いつにも増して、犬神様の声は怒りに満ちている。きっと、それほど錫さんのことが心配なのだろう。

 けれど、そんな彼を見た一反木綿は「はっはっは」と愉快そうに笑った。

「心配せんでも、銀弥はあの娘っ子には傷一つ付けへんよ。あいつは自分の家族、特にあの曾孫のことは猫可愛がりしとるからなあ」

 その口ぶりからすると、彼は銀弥さんの事情について知っているようだった。

「やっぱり、錫さんは銀弥さんの曾孫さんだったんですね」

 私が改めて確認すると、一反木綿の彼はうんうんと感慨深げに頷く。

「前世の銀弥はな、ただでさえ寿命の短い人間の中でも、そう長く生きられへんかったんや。自分の娘が嫁いでいくところも見られへんかったし、成人の祝いもしてやることができひんかった。それをえらい悔やんでてなぁ。あやかしに生まれ変わった後も、半人前のくせに何度も幽世を抜け出しては、娘や孫の様子を見に来とった。……そやけど、普通の人間にはあやかしの姿が見えへん。娘も孫も、誰も銀弥の存在に気づかへん。銀弥もただ彼女らのことを見てるだけで、何もしてやることができひんかった。孫の成人式やら結婚やらの大事なイベントのときも、ただそばで見つめてるだけやった」

 今まで何度も現世へやってきては、前世の家族に会いに来ていたという銀弥さん。
 誰にも気づかれず、何もすることができず……ただ見ていることしかできなかった彼の寂しさは、一体どれほどのものだったのだろう。

「そんな中で、あの曾孫が生まれたんや。あの錫って娘っ子だけは、銀弥の姿を見ることができた。それを知ったときの銀弥の喜びようはすごかったで」

 あやかしの姿を見ることができる錫さん。
 そんな彼女の存在に、銀弥さんはどれほど救われたのだろう。

「……奴の事情はわかった。だが、それではなぜ、今はあの娘をこんな場所にまで連れて来ているのだ? それも人攫いのように。無理やりこんなあやかしだらけの所に連れてきたところで、彼女を怖がらせるだけだろう」

 犬神様の疑問はもっともだった。
 先ほどのように、まるで錫さんを誘拐するような形でここまで連れて来て、彼女は大丈夫なのだろうか。

「その点については心配あらへん。ほら、見てみ」

 言われて、私たちは同時に前方の錫さんへと目を向ける。

 すると、百鬼夜行の先頭で、銀弥さんの腕に抱かれている錫さんは、青白い月の光に照らされながら、これ以上にないほど嬉しそうな笑顔を浮かべていた。