頭上の月に、雲がかかる。
辺りは一層夜の色を強め、ざわりと風が吹き抜ける。
と、闇の中で、複数の何かが蠢いた。
道の角、あるいは町家の窓、屋根の上から、のそりと黒い影が動いて、こちらへ向かってくる。
「これって……」
よくよく目を凝らしてみると、それらは明らかに人間の形をしていなかった。
全身が緑色の肌をした者もいれば、首だけが異様に長い者、頭部だけで動く者、巨大な蜘蛛の形をした者。
極め付けには、ずしん、ずしん、と地面を揺らして、見上げるほどに大きな骸骨が、江戸の町の向こうから歩いてくる。
「ここにいるのって、みんなあやかし……!?」
ものすごい数だった。
数十人……いや、軽く百人は超えているだろうか。
おそらくは銀弥さんがこの数週間で集めてきた、現世に住まうあやかしたち。彼らは私たちを邪魔そうに避けながら、銀弥さんのもとへ向かっていく。
やがて巨大な骸骨——背の高さは十メートル以上あるだろうか——が到着すると、その大きな手のひらの上へ、銀弥さんは錫さんを抱えたままひらりと飛び乗った。
「よし、出発だ!」
銀弥さんの声を合図に、骸骨が再び前進を始める。その巨大な足は周囲の建物をすり抜けて、ふわりと宙に浮き上がる。
周りに集まったあやかしたちも、次々と地面を離れて空に向かっていく。
あやかしの群れが、空を飛ぶ。
雲の隙間から再び顔を出した月の光が、彼らを青白く照らし出す。
異形の者たちが列を成して夜空を歩く様は、まさしく百鬼夜行だった。
「お、俺たちも追いかけるぞ!」
犬神様が慌てて後を追おうとするも、今の彼は妖術一つ使えない。それに猫神様も、今は子どもの姿にされてしまったおかげで、いつもの変化の術は使えないようだった。
銀弥さんも錫さんも、どんどん遠ざかっていく。
どうしよう——と途方に暮れる私たちのもとへ、
「……しゃあないなぁ」
と、聞き覚えのある声が届いた。
見ると、私たちの背後にはいつのまにか、一人のあやかしがふよふよと浮かんでいた。
その体は、一見すると長い長いタオルのようだった。真っ白な、長方形の布。その先端には顔のようなものと、小さな両手とが付いている。
「あなたは……」
その姿には見覚えがあった。
先日、犬神様たちと一緒に銀弥さんの情報を集めていたとき、一人だけ口の軽いあやかしがいた。
——今度のハロウィンも、そら盛り上がるやろ。周りの奴らも当日はみーんな映画村に行く言うてたわ。
他のあやかしたちが揃って銀弥さんとの秘密を守る中、この人だけは口を滑らせて、今日この日のことを私たちに知らせた。
あのときの彼が、いま目の前にいる。
確か、『一反木綿』のあやかしと言っていたはず。
「ほら、早よ背中に乗り。オレがあんたらを銀弥のもとまで連れてったるわ」
「ほ、本当ですか!?」
なんという幸運。
彼はただ口が軽いだけのあやかしではなく、実は面倒見の良い人なのかもしれない。
「貴様、何が目的だ? 俺たちを助けるフリをして、上空から落とすつもりじゃないだろうな?」
「そんな風に人のこと疑うなら、もう乗せたらへんで」
犬神様の捻くれた態度に、一反木綿の彼はムスッとした顔をする。
私は慌てて二人を宥め、どうにか背中に乗せてもらえるように頼み込んだ。



