彼女を抱きかかえているのは、銀弥さんだった。
 錫さんの反応から、やはり二人は前世で血縁関係にあったのだとわかる。

「銀弥!」

 彼のもとへ走りながら、犬神様が叫ぶ。

「その手を放せ。その娘を一体どうするつもりだ!?」

「チッ、ここからが良いところだってのに……。邪魔するなって言っただろ。まったく、そんなガキの姿になってもしぶとく追って来やがって。今度はミジンコにしちまうぞ」

 言い終えるが早いか、銀弥さんの瞳がくわっと見開かれ、眩い光を放つ。その光は燃え盛る炎となり、龍のような形となって、正面に立つ犬神様のもとへと勢いよく迫る。

「いけません、犬神様!」

 後方から、猫神様が叫んだ。
 彼は犬神様のもとへ駆け寄り、その小さな体を自らの体で包み込むようにして抱き寄せる。
 そこへ、銀弥さんの放った炎の龍が直撃した。

「猫神様!」

 私が悲鳴を上げたのとほぼ同時に、ドロンッと彼らの全身が黒煙に包まれる。
 やがて煙が晴れた頃、そこに現れた猫神様の姿に、私はギョッとした。

「へっ……」

 思わず、そんな声が漏れた。

 銀弥さんの攻撃を真正面から受けた猫神様は、人間への変身が解けてあやかしの姿に戻り、さらには体が縮んでしまっていた。

 隣でぽかんとしている犬神様と同じ、小学校の低学年くらいの身長。ぶかぶかになった着物が肩からずれ落ち、その白い肌が胸のあたりまで露わになる。

「……おや。これは参りましたね」

 そう呟いた彼の声は高く、子ども特有の舌足らずさがあった。

 また、雪のように白く長かった髪は肩のあたりまで短くなり、頭の上にはもふもふの猫耳がぴょこんと生えていた。

(か、かわいい……!)

 こんな場面で不謹慎だとは自覚しつつも、目の前に現れた幼い猫神様の姿に、私は胸の高鳴りを抑えることができなかった。

「おっと、手元が狂っちまった。まあいいや。二人とも、しばらくそこで大人しくしてろよ」

 そう言ってけらけらと笑う銀弥さんを、錫さんが咎める。

「あかんよ、ひいおじいちゃん。あの人たちのこと、いじめんといて」

「お? そうかそうか。錫は相変わらず優しいな。でも、あいつらのことは後で元に戻してやるから、心配するな」

 愛しい曾孫(ひまご)と接するときだけは、銀弥さんの声色も柔らかくなる。そんな彼は改めて周囲を見渡すと——

「みんな、準備はいいか!?」

 そう掛け声をかけた瞬間。
 どこからともなく、「おおーっ!」という複数の返事が届く。

 暗闇の中、あやかしたちの確かな息遣いを感じる。
 これから一体何が始まるというのか。
 
 銀弥さんは再び手元の錫さんへ目を落とすと、これ以上になく慈愛に満ちた声で言った。

「いくぞ、錫。これから俺たちが、本物の百鬼夜行ってやつを見せてやる」