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楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて西の空へ日が落ちていく。
代わりに江戸の町を照らしたのは、あちこちに吊るされた赤い提灯だった。
まるで火の玉のように浮かぶそれらの光の下を、またしても妖怪の群れがぞろぞろと練り歩く。
「百鬼夜行も、いよいよ本番ですね」
「え?」
猫神様が口にした言葉の意味を、私はうまく理解できなかった。
「本番って、どういうことですか? 百鬼夜行はお昼にも見ましたよね?」
百鬼夜行のイベントは昼の部と夜の部とがあるけれど、どちらも内容は同じはずだ。
妖怪に扮した人々が町を練り歩き、ステージ上でダンスをしたりする。それは私も昼間に見た。
(もしかして、夜の方がより雰囲気が出るのかな……?)
百鬼夜行はその名の通り、夜に行われる妖怪の行進だ。だとすれば、昼に見るよりも夜に見た方が、さらにそれらしい趣を感じられるのかもしれない。
今は黄昏時。
辺りは夕闇に包まれ、視界の鮮明さが徐々に失われていく。辺りにいる人の顔もよく見えなくなって、『そこにいるのは誰?』と問いかけてしまうようなこの時間帯を、古くは『誰そ彼』と呼んだらしい。
「黄昏時は、別名を『逢魔時』といいます。『魔物と出会う時間帯』という意味の言葉です。昼と夜との境……薄暗くて視界が悪く、近くに見える人影も、本当に人なのか、あるいは魔物であるのかもわからない。現実と異界との境目があやふやになって、怪異が起こる時間帯やといわれてます」
そして——と、猫神様は辺りを見渡し、どこか満足げに微笑んでみせる。
「あやかしの妖力は基本的に、夜の方が強まります。ですから銀弥さんもきっと、動き出すなら夜のはずです」
銀弥さんが動き出す。
その言葉に私が緊張した瞬間、それまで流れていた村内の音楽が、急にアップテンポな曲調になった。
わあっと人々の歓声が上がる中、笛や太鼓などの和風の音楽に合わせて、妖怪たちが激しく踊り出す。
錫さんたちも、観衆に紛れて楽しげに手拍子をしている。
百鬼夜行のイベントも、いよいよクライマックスという雰囲気だった。
「それで、猫。肝心のあやかしはいつここへ来るのだ? まだ奴らの気配は感じないのか?」
もはや待ちくたびれて眠そうにしている犬神様が聞いた。
すると猫神様は、ふふ、といつもの穏やかな笑みを浮かべて答える。
「あやかしの皆さんでしたら、もう来たはりますよ。この妖怪の群れに紛れて、この場にたくさんのあやかしたちが集まってます」
そう、まるでなんでもないことのように言い放った彼を、犬神様は信じられないといった顔で見返した。
「なっ……。貴様、なぜそれを早く言わんのだ!」



