「はー、危なかったぁ。大丈夫?」
やんわりとした、可憐な声。
犬神様の体を両手で支えながら、にこりと笑いかけているのは大学生くらいのお姉さんだった。
清楚系のナチュラルメイクに、緩く巻いたブラウンの髪をハーフアップにしている。秋らしいニットのふんわりコーデがよく似合う可愛らしい人だ。
彼女を見上げながら、犬神様は固まっていた。
私たちはすぐさま駆け寄り、お姉さんに頭を下げる。
「すみません。危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
「いえいえー。怪我がなくて良かったですー」
私たちがやり取りしている間も、犬神様はぽけーっとお姉さんを見上げていた。口が中途半端に開いたままで、珍しくアホ面を晒している。
と、そこへ今度は別の女性の声が届く。
「錫ー。何してんのー? 置いてくでー!」
見ると、入場口の方からお姉さんの友達と思しき二人組が手を振っていた。
「はーい、今行くー!」
お姉さんは「それじゃあね」と犬神様に小さく手を振ると、スカートの裾をふわふわと揺らして、お友達の元へ戻っていった。
「優しい人でしたね」
私の隣から、猫神様が言った。
「はい。本当に……。犬神様が無事で良かったです」
私の返答を満足げに聞きながら、猫神様は改めてお姉さんの後ろ姿を眺めた。
「犬神様を助けてくれはったいうことは、あの女性もあやかしが見える人なんですね」
そんな彼の言葉に、私はハッとする。
(そ、そういえば……!)
転びかけた犬神様に手を差し伸べ、その体を抱き留めた——ということはつまり、彼女も私と同じで、あやかしが見える人間なのだ。
その事実に今の今まで気づかなかった自分自身に、思わず呆れてしまう。
「ほ、本当ですね……。全然意識してませんでした」
「あやかしが見える人間は珍しいですから。もしかすると、彼女は銀弥さんのご家族かもしれませんよ」
銀弥さんの家族。
そんな猫神様の指摘に、私はまたしてもハッとする。
「そ、そういえば。銀弥さんのご家族の中に、あやかしが見える人がいるって話でしたよね」
世にも珍しい、あやかしが見える人間。その一人であるあのお姉さんは、奇しくも銀弥さんが何かを企てている今日この日に、ここへやって来た。
さすがに偶然だとは思えない。
あのお姉さんと銀弥さんとの間に、何か重大な秘密が隠されている気がする。
「とりあえず、あの女性を追いかけてみますか?」
猫神様が言って、私は「はい!」と勢いよく返事をする。
その隣で、犬神様だけは未だぽけーっとしたままお姉さんの方を見つめていた。
「……犬神様? どうかしたんですか?」
不思議に思って私が尋ねると、彼はようやく我に返った様子で、お姉さんから目を離した。
「な、なんでもない。さっさと追うぞ!」
どこか誤魔化すように言う犬神様。
その頬がほんのりと赤く染まっているように、私には見えた。



