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そして迎えた、十月三十一日。ハロウィン当日。
私たちは開園前——もとい開村前から、映画村の入口付近で待機していた。
「あやかしの気配は、まだありませんね」
猫神様が言った。
チケット売り場の前にはすでに来場客の列ができているけれど、そこにあやかしが紛れている様子はない。
「銀弥なら気配を消せるのだろう? 先に中に入っている可能性もあるぞ」
「そうかもしれませんが、少なくとも他のあやかしはまだここには集まってないようです。さすがに、今日ここへ来るあやかしたち全員が気配を消せるとは思えませんから」
そう言って辺りを見渡す猫神様は、今は人間の姿になっていた。短い黒髪に、ブラウンの瞳。すらりとした長身に纏うのは黒の着流し。
隣に立つ犬神様は、相変わらず子ども用の甚平を着た幼い姿だけれど、その右足はようやく痛みが引いたようで、健康体に戻っていた。
「まだ時間もありそうですし、せっかくなんで、私たちも映画村を楽しんでいきませんか?」
そんな猫神様の提案に、犬神様は「はあっ!?」と声を裏返らせる。
「貴様、何を寝ぼけたことを言っている。今日は遊びに来たんじゃないんだぞ!」
「そうは言いましても、あやかしの皆さんがいつどこから現れるのかもわかりませんし。映画村の中に入ってしまえば、私たちはどこに居ても同じやと思いますよ。それに……」
猫神様は涼しげな目を、今度は私の方へ向けた。
「桜さんは、ここに来るのは初めてですよね。映画村の魅力もぜひ知ってほしいんで、桜さんさえよければ中をご案内したいんですが」
ふわりと笑って、彼はそんなことを言う。
「え……と」
隣から、犬神様の物言いたげな鋭い視線が飛んでくる。
けれど私は、目の前の猫神様の微笑みに魅了されていた。
映画村を楽しむ。
これはきっと、私のための提案だ。私に楽しんでほしいと、彼は思ってくれている。
彼がわざわざ人間の姿でここへ来たのも、この展開を見越してのことかもしれない。
猫神様が誘ってくれた、またとないチャンス。これを断る選択肢は、私にはない。
「その……。猫神様さえよければ、ぜひお願いしたいです……」
隣からチクチクと刺すような犬神様の目を見ないようにしながら、私は素直な気持ちを口にした。
「決まりですね。では行きましょう」
ちょうど入場ゲートも開いたらしく、猫神様は上機嫌な様子で足を進める。
「こ、こら! 勝手に決めるな! そんな浮かれた調子で、銀弥に寝首をかかれたらどうする!」
後方から犬神様が吠えるも、猫神様はどこ吹く風だ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。もし銀弥さんが本物の凶悪犯やったとしたら、上の方々も放っておくはずがありません。彼らがこちらに干渉してこないということは、そういうことです」
確かにそうかも、と私も思う。
銀弥さんが本当に危険な存在だとしたら、弱体化された犬神様一人に任せっぱなしにはしないはずだ。
「上の奴らは能天気なだけだ。そうやって貴様らが揃いも揃って油断しているから、銀弥もつけ上がるんだろう。おいこら待て! 俺を置いていくな……——あっ」
と、渋々私たちの後を追おうとした犬神様は、足元に転がっていたゴミに蹴つまずいた。
勢い余って、体が前のめりになる。
「……犬神様!」
私と猫神様の声が重なった。
犬神様が転んでしまう。
せっかく右足の怪我が治ったというのに、また捻ってしまうかもしれない——と、固唾を飲んだそのとき。
「おっと」
すんでのところで、とある人物が彼の体を抱き留めた。



