「彼の言う曾孫というのは、おそらく前世の彼にとっての曾孫さんのことでしょうね。前世の銀弥さんがこの現世で亡くなったのは、今から五十年ほど前やったはずです」

 五十年前。
 まだ私の両親すら生まれていない頃のことだ。

「前世の銀弥さんが亡くなったときは、大事な娘さんがこの京都へ嫁ぐタイミングやったそうです。知らない土地で、娘さんがしっかりやっていけるのかどうか……それが心配で、彼はあやかしとなった後もこの現世に迷い込んだんです」

 大事な娘のことが心配で、はるばる幽世からやってきたという銀弥さん。その愛情はきっと深いものに違いない。
 やはり彼は猫神様の言っていた通り、家族思いの人なのだ。

 けれど、

「おい猫。思い出話をするのは勝手だが、間違ってもそれを美談にはするなよ。奴は幽世の掟を破って何度もこちらへ潜入している。それに今回の奴の目的も、まだ明らかになっていない。問題を起こされてからでは遅いんだぞ」

 犬神様がそう警戒するのもわかる。
 過去の銀弥さんが優しい人だったとしても、今の彼が何を考えているのかはわからない。

「もちろん、それは承知の上です。それで、犬神様に質問なんですが……過去の銀弥さんは、一体どういう目的があって何度もこちらの世界へ来てたんですか?」

 過去の銀弥さんの目的。
 それは私も気になっていたことだった。

「俺も直接奴から聞いたわけじゃないけどな。孫だか曾孫だかに会いに来ていたはずだぞ。確か、あやかしが見える人間が身内にいたとか何とか……」

「えっ」

 犬神様がさらりと口にした内容に、私は思わず耳を疑った。

「あやかしが見えるって……。私みたいな体質の人が、銀弥さんの家族の中にいるってことですか?」

 私と同じように、あやかしが見える人間。
 おそらくこの現世のどこかにいる希少な存在が、銀弥さんの身内にいる。

「おや、それは珍しいですね。あやかしの姿が見えるとなると、銀弥さんもさぞ会いに行きたいと思わはるでしょう。今まで何度も幽世を抜け出したことにも頷けます」

「本当かどうかはわからんがな。俺たちを納得させるために嘘を吐いている可能性もある。何にせよ、信用できない相手だ」

 そう腹立たしげに言って、犬神様はまた小さな両手で食事を再開する。

 銀弥さんの家族の中に、私と同じような体質を持つ人がいる。その情報を得て、私はますます彼らのことが知りたくなった。
 と同時に、一つの案を思いつく。

「あの。銀弥さんは、この現世で色んなあやかしに声を掛けてるんですよね? なら、その声を掛けられたあやかしたちの方から情報を探っていくのはどうでしょう?」

 銀弥さん本人の行方を追うのは難しい。となると、彼と接触した人物たちから情報を聞き出した方が早いのではないだろうか。

「俺も今それを考えていた。明日はこの周辺のあやかしたちに聞き込みをする予定だ」

 聞き込み調査。
 なんだか本物の警察みたいだなと思って、妙な高揚感を覚える。

(って、浮かれてる場合じゃないよね)

 つい浮ついてしまった心を落ち着けるため、私は丼の残りを一気に口へ掻き込んだ。