犬神様は熱いお茶を一気に飲み干すと、苛立たしげに湯呑みを卓上へ置いて言う。

「ただでさえ影響力を持つぬらりひょんが、わざわざこの現世に来てまで多くのあやかしに声をかけている。それも、この俺を無力化してまで……となると、何か良からぬことをしでかそうとしているに違いない。やはり一刻も早くあいつを捕まえて、その計画を阻止せねば」

 捜索が難航していることに焦りを感じているのか、犬神様の表情には余裕がない。

 私も私で、このままではいけないという気持ちに急かされる。
 と、何気なく顔を上げたとき、壁に掛けられているカレンダーが目に入った。

 今は、十月の中旬。
 気温は少しずつ下降して、山や木々はほんのりと赤く色づき始めている。

 銀弥さんがあえてこの時期にこちらの世界へやって来たのには、何か理由があるのだろうか——と、そこまで考えて、私はふと思い出す。

「そういえば銀弥さん、十一月になったら幽世に帰るって言ってましたよね」

 今朝、路面電車の駅で顔を合わせた彼は、確かにそう言っていた。

「そうだな。今月中に何かを済ませようと考えているのだろう」

 十月中。この秋の季節に、現世でできること。
 もしかしたら紅葉に関係してたりするのかな? なんて考えてみたけれど、見頃はたぶん来月あたりになる。

 なら他に一体どんな理由があるのか。
 周りのあやかしに声をかけて回っているということは、複数人で何かをしようとしているのだろうけれど……と、あれこれ考えているうちに、向かいに座る猫神様が再び口を開いた。

「銀弥さんの目的は、おそらくご家族に関係することではないかと、私は思ってます」

「……家族、ですか?」

 私がオウム返しに聞くと、彼はこくりと頷いてから、どこか遠い目をして言う。

「銀弥さんは、とても家族思いな方なんです。昔、私が彼と初めてお会いしたときも、彼は前世の家族に会うために、この現世へやってきたんです。まだ幼い体で、右も左もわからないまま、彼はこの世界に迷い込みました。それだけ、彼にとってはご家族が大事な存在やったんです」

 前世の家族に会うために、はるばるこの世界へやってきた銀弥さん。
 それを聞いて、私はもう一つ思い出したことがあった。

「そういえば銀弥さんは……曾孫さんがいるって言ってましたよね」

 今朝、駅の屋根の上からこちらを見下ろしていた彼は、人間の私を見て言っていた。

 ——へえ。こりゃ珍しい。人間の女の子を連れてるのか。うちの曾孫よりちょっと下ぐらいか?