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食事を済ませてお腹がいっぱいになると、蜜柑くんはうつらうつらと船を漕ぎ始める。
「蜜柑さん、蜜柑さん。まだ眠ったらあきませんよ。こっちの世界でまだやりたいことがあるんでしょう?」
「ふぁ……あ、うん。そうなんだ。ボク、ずっと前にこの世界でお世話になった人に会いたくて……」
寝ぼけ眼をこすりながら、蜜柑くんはここへ来た目的を思い出す。
「ずっと前に、この世界で? あれ。蜜柑くんって、前にもここへ来たことがあるの?」
不思議に思って、私は聞き返す。
まだ半人前のあやかしである蜜柑くんは、本来ならまだこっちの世界に来てはいけないはずだ。
なのに以前にもここへ来たことがあるということは、もしかして彼は迷子の常習犯なのだろうか。
「んっとね。その人と会ったのは、ボクがまだあやかしになる前のことだよ」
「あやかしになる、前……?」
ますますわからなくて、私はオウム返しに聞く。
そこへ助け船を出してくれたのは猫神様だった。
「あやかしは、もともと現世で生きていた人間や動物の生まれ変わりも多いんです。蜜柑さんの場合は、昔こちらの世界で生きていた猫が、亡くなった後にこうしてあやかしになったんですよ。ですから今は、一人前の化け猫になれるよう修行中なんです」
ね、と彼が蜜柑くんに微笑むと、蜜柑くんはやはり「うん!」と元気よく返事をする。
生まれ変わりという神秘的な現象をさらりと説明されて、私は不思議な気持ちになった。
「生まれ変わり……。じゃあ蜜柑くんが会いたい人ってもしかして、生前の飼い主さんってこと?」
「かいぬし? 名前はよく覚えてないけど、こっちの世界でずっと一緒にいた人だよ。優しい女の人だった」
彼の話からすると、やはり会いたい人というのは彼の飼い主だった可能性が高い。
「本来であれば、今すぐにでも蜜柑さんをあちらの世界へ帰さなあかんのですけれど……」
「えっ。やだよ、猫神様。ボク、どうしてもあの人に会いたいんだ。猫神様なら何とかしてくれると思ってここまで来たのに」
蜜柑くんは必死に訴える。
確かにこの穏やかな神様なら、困っている人を見ると放ってはおけない気がする。
「一目見るだけでいいんだ。あの人はきっと、ボクの姿も見えないだろうし……。あの人が元気でいるところさえ確認できたら、すぐに帰るからさ」
猫神様はうーんとしばらく考えていたけれど、やがて「仕方ないですね」と言わんばかりに苦笑して言った。
「そうですね。少しだけ寄り道するくらいなら、上の方々も許してくれはることでしょう。一緒に、その人のことを捜してみましょか」
「ほんと!? やったぁ! ありがとう猫神様!」
やっぱり、こうなった。
どうやら蜜柑くんの見立ては間違っていなかったらしい。
それにしても、『上の方々』とは。
神様より上の存在って、一体何者なんだろう?
「……しかし問題は、その人がどこに居てはるのか、ですよね。蜜柑さんがこの京都に迷い込んだいうことは、ここからそう遠い場所ではないと思いますけど」
そういうものなのか——と、私は今日何度目かになる感想を抱きつつ、熱いほうじ茶をすすって二人の会話の行方を見守る。
「蜜柑さん。その人の居場所について、何か手掛かりになりそうな記憶はありませんか? たとえばその人の家の近くに、何か目印になりそうなものがあったりとか」
「うーん、家の近く……。そういえば、あの人はよく、ボクと一緒に近所の神社に行ってたよ。そこでゆっくり散歩をして、ぼーっと木を眺めてることが多かった気がする」
家の近所に神社があった——貴重な情報ではあるけれど、残念ながらそれだけでは場所が絞り込めない。
なにしろここ京都には歴史ある神社仏閣がそこかしこに存在しているのだから。
猫神様も、これには困った顔をして頭を悩ませている。
心なしか、頭の上にある白い耳もしょんぼりしている気がする。
「もう少し、情報がほしいですね。その神社ならではの特徴とか、何か思い出せることはありませんか?」