(もしかして、前にもどこかで会ったことがあるのかな?)

 この京都にやってきてからというもの、私はたくさんのあやかしたちと出会ってきた。
 その出会いのどこかに、この子の姿もあったのだろうか。あったような気もするけれど、やはり詳しくは思い出せない。

 とりあえず話しをしてみれば何かわかるかもしれない。そう気を取り直して、私は再び目の前の彼に語りかける。

「その、いきなり話しかけちゃってごめんね。実は私、あやかしが見える人間なの。だから怖がらないで——」

「……そんなことはわかっている!」

 こちらの声を遮るように、突如として彼は声を張り上げた。
 その気迫に、私は思わずたじろぐ。

 まるで手負いの獣だった。
 やはり警戒されているのだろうか。

 さてどうしようか……と半ば無意識のうちに視線を巡らせていると、ふと目についたのは彼の足だった。
 服の裾から覗いた足首のあたりが、赤く腫れているのが見える。

「あなた、怪我をしてるの?」

 これは一大事だ、と私が手を伸ばすと、彼はすぐに足を引っ込めてしまった。

「放っておいてくれ。これくらいどうってことない」

「だめだよ。ちゃんと手当てしなきゃ。だってこんなに腫れて……」

「放っておけと言っているだろう!」

 またもや拒絶の反応をされて、私は固まってしまう。
 彼の嫌がることはしたくない。けれど、怪我をしている彼をこのまま放っておくこともできない。

 オロオロする私を見て、彼はやがて気まずくなったのか、バツが悪そうな顔を斜めに背けて呟く。

「……いつもなら、このくらいの傷はすぐに治せるのに。こんな体になったせいで……」

「え?」

 一体どういう意味だろう、と私が首を傾げていると、そこへ今度はまた別の声が届いた。

「どうかしましたか、桜さん」

 どこか甘い響きのある、優しげな男性の声。

 もしかして、と私が後ろを振り返ると、そこには予想した通りの美しい青年が立っていた。
 すらりとした長身に、白を基調とした羽織袴。雪のように白く長い髪は、赤い組紐で結われている。

「猫神様!」

 私がパッと顔を輝かせると、彼もまた柔和な笑みをこちらへ返してくれる。
 彼はそのまま視線をスライドさせ、私の前で座り込んでいる男の子の方を見た。

「おや。犬神様やないですか。ご無沙汰してます。えらい可愛らしい姿をしたはりますね」

「……え?」

 犬神様、と彼は言った。

(犬神様。……犬神様!?)

 その呼び名には、私も覚えがあった。

 過去に何度か顔を合わせたことがある、あやかしの男性。猫神様に負けず劣らずの美丈夫の姿が、脳裏に蘇る。