「この三方に、見覚えがあるんですか?」
もしやと思って、夢中で食いつく。
「実は私たち、この三方の持ち主を探しているんです!」
つい興奮して、声が大きくなってしまった。
周りで池を眺めていた人々も一体何事かとこちらを見る。その様子に私は一瞬だけ焦ったけれど、彼らはすぐに興味を無くして、再び水面の方へと視線を戻した。
そして目の前の男性は、わずかに戸惑ったような表情で私たちを見つめていた。
「……あなた方は、この三方をどこで?」
その質問には、柚葉さんが答えた。
「東寺のがらくた市です。去年、うちの祖父が見つけて買ってきたみたいで」
東寺というのは世界遺産にも登録されている真言宗の寺院で、場所はJR京都駅から南西にある。
そこでは毎月第一日曜日に骨董市が開かれていて、それを『がらくた市』と呼ぶのだと、私も柚葉さんから聞いたことがあった。
「がらくた市ですか。ならやっぱり、その三方はうちの母が持ってたものかもしれませんね。母は去年、病で亡くなりまして。僕は家を離れてたんで、死に目に会えず……。遺品整理も親戚たちに任せっきりでしたから、母のお気に入りだった三方も処分してしまったと聞いてました」
言いながら、彼の声は段々と弱々しくなっていく。
親の死に目に会えなかったのが余程ショックだったのだろうか。伏し目がちになった彼の瞳には、暗い影がかかっていた。
(お母さんが亡くなった……っていうことは)
私は無言のまま、小麦ちゃんの顔を窺う。
彼女はヒクヒクさせていた鼻の動きを止め、つぶらな瞳でじっと男性を見上げていた。
もしもこの男性の母親が、本当にこの三方の持ち主だったとしたら。小麦ちゃんが会いたがっていたおばあさんは、すでに亡くなってしまったということになる。
「僕は……長いあいだ両親と疎遠になってたんです。ほとんど勘当されたようなもんでしたから、合わせる顔もなくて。母が病を患ってたんも、亡くなった後に知りました。僕が実家に戻ろうとした頃には、すでにあの家は取り壊された後でした」
おばあさんが亡くなり、彼女が住んでいた家も今はない。ということは、小麦ちゃんの帰る場所も無くなってしまったということだ。
「あの家が……無くなった?」
か細い声で、小麦ちゃんが呟く。
直後、そのつぶらな瞳に、じんわりと涙が浮かぶ。
「小麦ちゃん……」
何と声をかけて良いのかわからず、私たちはただ彼女を見つめていた。
彼女の目尻に溜まった涙が、ぽろりと一粒零れる。
「……確かに、あのあばあさんには子どもがいた。ずっと前に家を出て行ったきり帰って来なかったけれど。それじゃあ、あなたは……あの『たっくん』なの?」
「たっくん?」
小麦ちゃんが口にしたそれを、私が同じように声に出すと、男性はびっくりしたように私を見た。
「なんで、僕のことを知ったはるんですか?」
その反応からすると、彼はやはり小麦ちゃんの言う『たっくん』なのだろう。
おばあさんの忘れ形見。もともとは同じ家で暮らしていた、小麦ちゃんの家族。



