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 あやかしが見えない柚葉さんに最初から説明すると、彼女は驚いたように目を丸くしていた。

「なるほどねぇ。それで押入れの中で泣いてたんや。なら、この子が元いた家を早よ探さなあかんねぇ」

 どうやら彼女も協力してくれるらしい。

 現在の三方の所有者は彼女のおじいさんだけれど、当人はすでに泣き声のことがあって手放すつもりだったという。
 したがって三方の今後の扱いについては、特に許可をとる必要はないとのことだった。

「それで、その付喪神さんのことは何て呼んだらいいん? ちゃんとした名前ってあるん?」

 聞かれて、はた、と私は固まる。

 この仔ウサギの姿をした、付喪神の名前。そういえばまだ聞いていなかった。

 けれど、この子はまだ生まれたばかりだし、名前らしい名前は付けられていないんじゃないか——と思っていると、

「……『こむぎいろ』」

 と、ウサギの彼女は小さな鼻をヒクヒクとさせながら言った。

「こむぎいろ?」

「わたしの家族は、わたしのことをそう呼んでた」

 小麦色。
 なんだか変わった呼び方だな、と私が不思議に思っていると、その疑問に答えるように、今度は猫神様が口を開く。

「確かに、こちらの三方は小麦色をしてますね」

 彼はそう言って、テーブルの上のそれを見つめる。

 月見団子や鏡餅などを載せる台として定番の三方。木製のそれは全体的に薄い茶色をしていて、確かに小麦色と言えなくもない。

「小麦色の三方ということで、ご家族はそう呼んだはったんでしょう。ですから、小麦色という呼び名から取って、『小麦さん』というお名前はどうですか?」

 そんな猫神様の提案に、ウサギの彼女はぴょこりと後ろ脚で立ち上がる。

「小麦。それならいいかも」

 どこか嬉しそうに、彼女が言った。
 そんな反応に、私と猫神様はお互いの笑みを向け合う。

 小麦ちゃん。
 可愛い名前だな、と私も思わず頬が緩む。

「それでは改めて、小麦さん。あなたの帰るべき場所について考えていきましょう。あなたのご家族の居場所について、何か手掛かりになりそうな記憶はありませんか? 例えば、家の周りに何か目印になるようなものがあったとか」

「目印になるようなもの……」

 小麦ちゃんは再びお尻を下ろして、おすわりの姿勢で考え込む。

「外の様子は……よくわからない。わたしはいつも床の間に飾られていて、それ以外のときは、箱に仕舞われていたから」

 お月見やお正月のシーズン以外は、大事に仕舞われていたという彼女。確かにそれでは外の様子は窺えない。

 この様子だと、有力な情報は得られないかもしれない——と、不安げな空気がその場に漂い始めたとき、

「あ、でも」

 と、彼女はわずかに顔を上げ、

「お月見の時期……中秋の名月の夜は、わたしの家族はいつも出掛けてた。『かんげつのゆうべ』を見に行くんだって」