生まれたてのあやかしが泣いている。
赤ちゃんが泣く理由なら色々と思い当たるけれど、
「もしかして、お腹が空いてるのかな……?」
確認するように、私はちらりと隣の猫神様を見た。
しかし彼は、
「いえ。付喪神は、私たちのように食べ物を口にすることはありません。生き物というよりは精霊のような存在なんで、お腹が空くことはないはずです」
そういうものなのか、と私は驚く。
やはりあやかしという存在は不思議で、まだまだわからないことだらけだ。
「じゃあ、一体どうしてこの子は泣いているんでしょう?」
「わかりません。けれどきっと、何か悲しいことがあったんでしょうね。付喪神さん、よければ話を聞かせてもらえませんか?」
猫神様が言うと、ウサギの彼女はようやく顔を上げて、その小さな前脚で目元を拭った。
「わたしは……あの家に帰りたいの」
「あの家?」
私がオウム返しに聞くと、彼女はリビングの窓から外を眺めた。
日暮れ前の空は茜色に染まっている。今日は中秋の名月なので、もうじき東の空からは満月が姿を現すだろう。
「わたしはずっと、あの家で大事にされてきたの。毎年お月見の時期になると、ここにお団子を載せて、床の間に飾ってもらってた」
彼女は遠い目をしながら、過去の思い出を語る。
その様子から察するに、彼女は——今から百年以上前に作られたというこの三方は、どこかの家で大切に扱われてきたのだろう。きっと、その家にとって無くてはならないものだったはずだ。
柚葉さんの話によれば、この三方は去年、骨董市で売られていたという。一体どういう経緯があったのかはわからないけれど、元の持ち主はこれを手放してしまったのだ。
「私の居場所は、あの家だけなの。あの家の人たちだけが、私にとっての家族なの。だから、わたしは……あの家に帰りたい」
そこまで言い終えると、彼女はまた小さく鼻を鳴らして涙を零す。
柚葉さんの家の押入れで泣いていたのは、そういう理由があったのだ。
(家族……か)
彼女の話を聞いて、私はぼんやりと昔のことを思い出していた。
自分の家。帰りたい場所。
幼い頃に両親を亡くした私も、似たようなことを考えたことがあった。
あの家に帰りたい。
優しい家族が待つ、あの家に——そう思う気持ちは、私も痛いほどわかる。
だから、
「……猫神様。どうか、この子を元の家へ帰してあげられませんか?」
すがるような気持ちで、私は隣の彼を見上げた。すると彼は、ふわりといつもの笑みを浮かべて、
「ええ、もちろん。私もそのつもりですよ。一緒に付喪神さんのお家を探してみましょか」
そんな返答に、私はもちろん、ウサギの彼女も驚いたように目を輝かせる。
こうして私たちは、付喪神の帰るべき場所について、話を進めることになった。



