◯
移動は、いつもなら猫神様の背中に乗せてもらうところだけれど、今日は柚葉さんがいるので電車を使うことになった。
阪急・京都河原町駅から嵐山駅まで三十分ほど。
車窓から見える十月上旬の空は、どこまでも高く澄み渡る。
「やっぱり、ええ所ですね。嵐山は」
駅の改札を出て、周囲を行き交う観光客たちの姿を眺めながら、猫神様が言った。
さわやかな風が彼の黒髪を揺らすと、どこからかまた女性の悲鳴が遠く聞こえてくる。
柚葉さんの案内で、私たちは彼女の家へとまっすぐ向かった。駅からは歩いて五分とかからない所で、渡月橋の少し手前にある。
立派な瓦屋根の二階建て。軒先に立つ松の木は、綺麗に剪定されている。
「どうぞ。この時間は、あたし以外に誰も居いひんので、ゆっくり寛いでってください」
柚葉さんの言った通り、家には誰もいないようだった。ご両親は渡月橋の向こうにあるお店で働いているようで、夜まで帰らないという。
三人でリビングのソファに腰掛けて、さっそく本題に入る。
柚葉さんが紙袋から件の三方を取り出すと、猫神様はわずかに眉を顰めた。
「これは……」
テーブルの上に置かれたそれをしげしげと眺める猫神様に、私と柚葉さんはお互いの顔を見合わせる。
「何かわかりそうですか? 猫神様」
「そうですね……。この三方から、かすかにあやかしの気配がします。おそらくは付喪神が憑いてるんでしょう」
「つくもがみ?」
私が首を傾げていると、猫神様は一度テーブルから目を離して、こちらに微笑みかけて言う。
「付喪神は、長い年月を経た道具などに命が宿ったものです。悪いあやかしではありませんから、心配いりませんよ」
悪いあやかしではない、と聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。
そしてテーブルの向こうから話を聞いていた柚葉さんは、
「そっか。付喪神……。あたしも名前は聞いたことあるけど、ほんまに存在するんや」
どこか感心したように呟きながら、彼女は目の前の三方をじっと見つめる。
「この三方はおそらく、百年以上前に作られたものでしょう。時間の経過とともに魂が宿って、付喪神のあやかしが生まれたんです」
そんな猫神様の説明に、私は一つだけ疑問に思うことがあった。
「でも猫神様。私には、その付喪神の姿が見えないんですけど……。その子は、どこにいるんですか?」
この三方に付喪神が憑いている、とはいうものの、肝心のあやかしの姿はどこにも見えない。
「付喪神は、あやかしの中でも少し特殊で、幽世ではなく現世で生まれます。そして生まれる際には、誰かが『殻』を破ってあげなあかんのです」
「殻……?」
なんだか難しい話になってきて、私はますます首を傾げる。
「卵の殻のようなものです。目には見えない、透明な殻です。それさえ破ってあげれば、この子も姿を現すでしょう」
言い終えるが早いか、猫神様は三方の方へ手を伸ばして、長い指先でそっと触れる。
直後。ピリッと何かが割れるような音がしたと思った瞬間、テーブルの上に眩い光が溢れた。
「ひゃっ……!?」



