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 学校を出てバスに乗り、四条河原町で下車する。そこから歩いて五分と経たないうちに、先斗町の入口は見えてくる。

 車が入れないほどの狭い小径。南北に細長く伸びるその通りの両脇には、趣のある京町家が並んでいる。

「猫神様って、ほんまにこの辺りに住んでるん? 先斗町にはあたしも何回も来たことあるし、あんなイケメンが歩いてたら絶対見逃すはずないんやけどなぁ」

 石畳の敷かれた道を進みながら、柚葉さんはどこか腑に落ちない様子だった。

 確かに彼女の言う通り、猫神様の姿は目立つ。きっと一度見ればなかなか忘れることはできないだろう。それくらい常人離れした美しさを持つ人だ。ただ、

「猫神様は、普段はあやかしの姿でいることが多いから……この辺りを歩いてても、周りの人には見えてないんじゃないかな。住んでいる場所も、私みたいにあやかしが見える人間じゃないとたどり着けないみたいだし」

「ふーん。そういうもんなんや。あやかしって、ほんまに不思議やねぇ」

 そうだね、と私も同意する。

 普通の人には見えないし、触れられない。けれど確かにそこに存在するあやかし。
 その不思議な生態について、私もまだまだよくわかっていない。彼らのことを知ろうとすればするほど、毎度驚かされることばかりだ。

「じゃあ、もし猫神様が人間の姿でこの辺を歩いてたら、一気に注目の的やろうね。道行く女性陣から悲鳴が上がりそうやわ」

 そんな柚葉さんの想像に、私は苦笑する。
 確かにそうかもね、と話していると、不意に前方から女性の悲鳴が上がった。

「……えっ?」

 黄色い悲鳴だった。
 突然のことに、私と柚葉さんは同時に声のした方を見る。

 すると、十メートルほど離れた所に立つ二人の女性が、それぞれ口元に手を当てて固まっていた。キラキラと輝くようなその眼差しが見つめる先には、一人の男性の姿がある。

 すらりとした長身に、黒の着流し。艶のある短い髪は(からす)の濡れ羽色。形の良い切れ長の瞳は、薄いブラウンの光を携えている。

 どこか怪しい色気のある、美しい青年。
 それはまごうことなき、人間の姿の猫神様だった。

「ね、猫神様……!」

 彼の神々しいまでに整った容姿に、私の声も上擦ってしまう。
 人間バージョンの彼を目にするのは久しぶりだった。あやかしの姿の彼ももちろん綺麗だけれど、こちらもこちらで、また違った魅力がある。

「おや、桜さん。それに柚葉さんも。お久しぶりです」

 こちらに歩み寄ってきた彼がそう優しく微笑むと、隣の柚葉さんもまた短い悲鳴を上げる。

「ご、ご無沙汰してます! あたしの名前、覚えててくれはったんですね……!」

「ええ、もちろん。桜さんの大事なご友人ですから、忘れるわけがありません」

 さらりと人たらしなことを口にする猫神様。対する柚葉さんは嬉しそうに、ほんのりと頬を紅潮させている。

「ちょっと必要なものがあって、買い出しに行ってたんです。お二人はこれからどちらへ?」

「あ、えっと。そのことなんですけど……」

 私が柚葉さんの抱える事情を簡単に話すと、猫神様は「なるほど」と頷く。

「それは確かに、あやかしが関係してる可能性もありますね。どこかでゆっくり話したいですが……あいにく、あの狭間の場所には普通の人間を招き入れることができないんで、どうしたものか」

「あっ。それやったら、あたしの家でもいいです? ちょっと遠くなるんですけど」

 そう提案した柚葉さんの家は確か、嵐山(あらしやま)の方にあると言っていたはず。
 猫神様が二つ返事で了承してくれたので、私たちはそのまま彼女の家へと向かうことになった。