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病院の場所は、先斗町から少し北へ上がったところにあった。
三条通に面した角地。大きな交差点のそばに、四階建ての立派な建物がある。
「あそこですね。まだ診療時間中のようです」
巨大な獣姿の猫神様は、私たちを背中に乗せたまま建物の裏へと回った。ひと気のない路地へ着地して、私たちを降ろす。
辺りはすっかり暗くなっていたけれど、病院にはまだ明かりが灯っている。栗彦くんの恩人も、まだ仕事中かもしれない。
「とりあえず、中に入ってみますか?」
再び白い青年の姿に戻った猫神様は、ちらりと入口の方を見て言った。
中に入れば、その人に会えるかもしれない。
けれど、普段からこういった場所に馴染みのない私は少しだけ躊躇してしまう。
診療時間中の先生たちはきっと忙しいはず。そんな状況で、特に怪我をした動物を連れているわけでもない私が行っても邪魔になるだけだろう。
さてどうしようか——と悩んでいると、私の右肩にとまっていた栗彦くんが「おや」と声を上げた。
「駐車場の奥に、誰かいるぞ」
言われて、私と猫神様も同時にそちらを見る。
すると、敷地の端の方にある自動販売機の前に、一人の女性の姿があった。
ショートカットの黒髪。身に纏うのは上下ともに紺色の、おそらくは病院のユニフォーム。
休憩中の先生だろうか。彼女は手にした缶コーヒーをぐいっと煽ってから、ゆっくりとこちらを振り返った。
そうして露わになったその顔に、栗彦くんは目を見張る。
「あれは……」
それきり、彼は黙ってしまった。食い入るように女性を見つめるその様子に、私はもしやと思う。
「もしかして、あの人が栗彦くんの捜している人?」
「……かもしれない。大人になって顔の雰囲気は変わっているが、気配がとても似ている」
女性は三十歳くらいで、年齢も合致する。やはり彼女がそうなのかもしれない。
やがてコーヒーを飲み終えた彼女は缶をゴミ箱へ入れると、すぐさま建物の中へ戻ろうとする。
「あっ……ま、待ってください!」
慌てて、私はその人へ声を掛けた。そのまま駆け寄っていくと、女性は不思議そうな顔でこちらを振り返る。
「何か?」
「あのっ……ええと」
つい勢いで話しかけてしまった私は、彼女の目の前に立つなりしどろもどろになる。
栗彦くんのことをどう説明すればいいのか、考えていなかった。あやかしである彼の姿はおそらく女性の目には見えていないし、二十年も前のことをいきなり話してもきっと気味悪がられるだろう。
(でも……)
ここでちゃんと話をしなければ、栗彦くんの気持ちは晴れないままだ。それだけは何としても避けたい。
いま目の前にいるこの女性に、栗彦くんの思いを伝えたい。
だから、
「あの。お姉さん、大原の出身ですよね?」
唐突さは承知で、私はそう尋ねた。
直後、彼女は「えっ」と戸惑うような声を上げる。
「なんで、それを……」



