「着きましたね。三千院です」
二十段ほどの石段を上ると、今度は砂利の敷かれた通りに出る。まっすぐに伸びる道の右側には石垣があり、その上に建つ寺院こそが三千院だった。
左側には土産物屋や甘味処と思しきお店が並んでいるけれど、こちらもやはり閉店した後のようだった。
頭上には青もみじがトンネルのように生い茂っていて、これが赤く色づく頃には見事な紅葉スポットになるのだろうなと思う。
「……ここも、ずっと変わらないな」
栗彦くんは私の右肩にとまって、お寺の入口の方を見上げながら言った。
木造の門はすでに閉まっており、そのそばには赤い彼岸花が咲いている。
結局、ここに来るまで地元の人とお話しができる機会はなかった。
もっと早い時間帯ならお店も開いているはずなので、また日を改めて訪れた方がいいのかもしれない——そんな空気が漂い始めたところで、
「あ……」
ふいに、近くを飛んでいた一羽の雀が私の左肩にとまった。
チュン、と可愛らしい声で鳴きながら、私の右肩にとまっている栗彦くんの方を見ている。
「もしかして、栗彦くんとお話しをしに来たの?」
「そのようだな」
地元の人ならぬ、地元の雀。
もしかしたら前世の栗彦くんの子孫かもしれない。だとしたら、何か有力な情報を得られるチャンスかも。
「そなたは、この地に住む雀か? 自分は栗彦と申す」
栗彦くんが話しかけると、その度に雀は相槌を打つようにしてチュン、チュンと鳴く。その応酬が可愛らしくて、私はくすりと笑ってしまう。
けれどしばらくすると、栗彦くんは少しだけ残念そうに「そうか」と呟いた。
「さすがに、二十年ほど前のことを聞き出すのは難しいな。この雀も、当時はまだ生まれてすらいなかったのだし」
やっぱり、そう簡単にはいかないらしい。
さてどうしようか、と私たちが頭を悩ませていると、
「よう懐いてるねぇ」
と、今度は背後から女の人の声がした。
すかさず振り返ってみると、そこにはいつのまにか、五十代くらいの女性の姿があった。
「お嬢ちゃん、動物が好きなんやねぇ。見てるとわかるわぁ」
人好きのする笑顔で言いながら、彼女は甘味処の店先で幟を片付けている。おそらくはこのお店の人だろう。
「あ……こんにちは!」
私は慌てて挨拶する。
やっと見つけた地元の人。しかも向こうから話しかけてくれるなんて願ってもない。この機会を逃してはいけないと、半ば無意識のうちに身を引き締める。
「雀が肩に乗ってくるなんて珍しいからねぇ。なんや、うちの娘を見てるみたいで懐かしいわぁ」
「……娘さん?」
「うちの娘も動物が好きでねぇ。昔はようそうやって肩に乗せとったわ。勝手にエサやってるんちゃうかって、周りから疑われて困ったこともあったけど」
ふふふ、と当時のことを思い出して笑う彼女の顔は、とても穏やかだった。きっと素敵な娘さんなのだろうな、と思う。
「雀が特に好きでねぇ。でも子どもの頃に一度だけ、怪我した雀を助けられへんことがあって……あのときは何日も落ち込んで、可哀想で見てられへんかったわ」
そこまで聞いた瞬間。私と栗彦くんと猫神様は、ほぼ同時に顔を見合わせた。



