「思い出せること、か」
栗彦くんは両腕を組み、うーんと頭を悩ませる。
そして、
「あのときは彼岸花だったが……春には桜、それから梅雨の時期には紫陽花も咲いていたな。近くに大きな寺があって、そこに群生する紫陽花を多くの人間が見物に来ていた」
「お寺の境内に紫陽花、ですか」
どこか納得したように猫神様が呟く。
もしかしたら、何か思い当たることがあったのかもしれない。
私からすれば、お寺に紫陽花が咲いていたと言われても、それだけでピンとくる場所は特になかった。
紫陽花はそれほど珍しい花でもないし、それに何より、この京都には有名なお寺があちこちに点在している。
けれど猫神様は、
「大原にある三千院では、毎年あじさい祭りが開催されてますね。花の見頃の時期に合わせて訪れる方も多いでしょう」
大原にある三千院。
私も名前だけは聞いたことがあった。
どうやら猫神様が怪しいと睨んでいるのは、そのお寺があるエリアのようだ。
「紫陽花の名所とされているお寺は他にもありますけど、田園風景に囲まれてるとなると、やはり大原の線が濃いように思います」
田園風景に囲まれた、紫陽花の名所であるお寺。その特徴は、栗彦くんの記憶にある場所と一致する。
「桜さん」
と、猫神様が唐突に私の名を呼ぶ。
完全に気を抜いていた私は、慌てて「は、はいっ!?」と返事をした。
「すみませんが、ネットで『三千院』と検索してもらえませんか。写真などがあれば、栗彦さんも確認できると思いますんで」
言われて、そうか、と気づく。
現地の写真を栗彦くんに見せれば、場所を特定できるかもしれない。
「……わかりました!」
それまでただ横で見ているだけだった私にも、できることがある。自分も栗彦くんの役に立てるかもしれないと思うと嬉しくて、つい笑みが零れる。
そうして制服のポケットから取り出したスマホで、すぐさま三千院と検索した。ほどなくして、画面には三千院の境内と思しき写真がずらりと並ぶ。
背の高い木々に囲まれた、緑鮮やかな庭園。足元には美しい苔が広がり、そのところどころには小さなお地蔵様の姿もある。
春は桜、秋は紅葉。それらの写真に紛れて、青い紫陽花が咲き乱れる様子も映し出されている。
「ここは……確かに見覚えがある」
いつのまにか、栗彦くんは私の右肩に移動してスマホの画面を覗き込んでいた。
「やっぱりここが、栗彦くんの記憶にある場所なの?」
試しに、今度は『京都 大原』と検索してみる。
すると、そこに映し出されたのどかな田園風景に、栗彦くんはさらに強く反応した。
「やはり、似ている。自分が前世で暮らしていたのは、この辺りかもしれない」
ほぼ確信したように栗彦くんが言って、私と猫神様は無言で頷き合った。
「では、早速そこへ向かってみましょか。日が暮れてしまう前に確認しましょう」
言いながら、猫神様はその場に立ち上がって玄関の方へと向かう。
私も栗彦くんを肩に乗せたまま、同じように部屋を後にした。



